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【照明灯】仙厓義梵

カルチャー 神奈川新聞  2014年07月11日 11:00

はて、と腕組みして考え込む。太い墨跡でざくざくと描かれた□、△、◯。三つ並んだ絵から何を読み取るべきなのか▼江戸期の禅僧、仙厓義梵(せんがいぎぼん)。学識が高かったにもかかわらず地位や名誉には関心が薄く、若いころから全国を行脚した。現在の横浜市保土ケ谷区にあった東輝庵でも修行した記録が残る。書画、狂歌は軽妙洒脱(しゃだつ)にして自由奔放。「仙厓さん」と親しまれた▼庶民との逸話も多い。書画の頼まれごとにひょいひょいと応えるうちに、引きも切らなくなった。悲喜こもごもを込めたのが「うらめしや、わが隠れ家は雪隠(せっちん)(便所)か、来る人ごとに紙おいていく」。後に絶筆宣言をするが、結局断り切れていない▼悟りを志す禅宗にあって、己が立場への、己が身を置く世界への批判精神も旺盛だ。にやりと笑う蛙(かえる)の絵に、「座禅して人が仏になるならば」の賛。座禅を組むだけで仏になれるなら、蛙ならとっくになっている。やんわりと、しかし鋭く▼さて、□、△、◯を前に考え続ける。「地・火・水、すなわち世界を表す」とする説があり、「いずれは角が取れて丸くなる」と読む説もある。仙厓さんなら、「おでんに見える」でも許してくれるはず。解釈をいかようにも変える自由は本来、小気味よい楽しさが伴うものだ。

【神奈川新聞】


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