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海洋冒険家・八幡暁(上) 
【ひとすじ】「海抜ゼロ」から見つめる

社会 神奈川新聞  2014年06月28日 10:24

牡鹿半島の美しいリアス式海岸を眺めながらこぎ進める八幡さん=宮城県石巻市沖
牡鹿半島の美しいリアス式海岸を眺めながらこぎ進める八幡さん=宮城県石巻市沖

 初夏を思わせる陽光が群青の海原を照らし、切り立つリアス式海岸、その濃い緑を際立たせる。うねりはない。全長3メートルほどのカヤックが引く航跡が水面(みなも)にきらめく。

 5月中旬、牡鹿半島沖。海洋冒険家、八幡暁(39)=逗子市=は顔を高く上げると、パドルを操る両腕にぐいと力を込めた。

 水平線の上、コンクリートの壁が浮かんでいた。防潮堤。痛みが胸によみがえる。「多くの命が失われ、海と人とが隔絶されたあの日を思うと、今も涙がこぼれそうになる」

 2011年3月11日、津波にのみ込まれてゆく漁村のニュース映像に八幡はくぎ付けになった。漁村、そこに生きる人々-。

 八幡が生き方を学び、針路を得た場所であり、存在であった。津波は人と海とを残酷に分かった。漁師たちは今、海とどう向き合っているのか。「海抜ゼロメートルの視点から見つめてこそ、感じられるものがあるはずだ」

 宮城県名取市から気仙沼市まで、東日本大震災で被災した三陸沿岸の700キロをカヤックで巡る「海遍路」。それは八幡の哲学を再確認するための旅でもあった。

失われた謙虚さ


 名も知れぬフィリピンやインドネシアの漁村、そしてニュージーランドの孤島。冒険家として世界の海を渡り、人々の暮らしに触れてきた。

 八幡にとってカヤックは「心と体を現場に近づける」ための道具だ。

 「どんなに高名な学者でも、通訳を連れ、陸から車で訪ねたら漁師たちは相手にしない。でも、突然海からやって来た変なやつのことは放っておけない。興味本位から話してもらえる」

 たちまち人の輪ができ、片言での会話が始まる。独自に培われた漁獲法、男たちの役割、村の食事や生活、その生きざま-。失われたものを見る思いだった。

 男たちは木で作った小舟で漁に出る。辺境の海で漁師たちは文字通り命を懸けていた。魚が捕れなければ村の死活問題になるのはもちろん、ときに海は荒々しい姿を見せ、人の命をのみ込む。

 「男たちが海に出たまま戻らないということは特異な非日常ではなかった」

 そこでは残された家族を村全体で助け支える関係が自然と成り立っていた。

 八幡もまた、大海原にカヤックで一人、波に翻(ほん)弄(ろう)され、風にあおられ、だから自然の力を知る。「危険を覆い隠し、つくり上げられた安全と安心に包まれた都市の中にいると、人は自然の中で生きているということを忘れてしまうのではないか」。


出航前夜、被災地の現状、日本のいまと未来について語り合う海遍路のメンバー。漁港は再整備され真新しいが街の明かりははるか遠い=宮城県名取市閖上
出航前夜、被災地の現状、日本のいまと未来について語り合う海遍路のメンバー。漁港は再整備され真新しいが街の明かりははるか遠い=宮城県名取市閖上


 自らの弱さを見失えば、傲慢(ごうまん)になる。他者との競争をいとわず、奪ってでも何かを得たいと熱望するようになる。「謙虚でなければ生き抜けず、仲間と助け合い、恵みを分かち合ってしか生きられない。そのことを語ってくれたのは海で生きる漁師たちだった」

 八幡は自問せずにはいられなかった。私たちの国は、どうだ。

悲しみの被災地



 法人税率の引き下げを表明した首相の安倍晋三は、こう力説した。「グローバルスタンダード(世界基準)だ。世界経済の中で日本が勝ち抜くためにやるべき戦略だ」

 八幡は思う。「それはつまり、同じ土俵にみんなで乗り、競って一つのパイを奪い合うということだ。カネという尺度で幸せを測り、単純化しようとしている。でも人が生きる意味や幸せとは、そんなに単純なものだろうか」。

 外界から隔絶した寒村に生きる漁師のふとした笑顔、海辺ではしゃぐ子どもたち、見上げた満天の星空…。「物質的にはたとえ満たされなくても人は幸せを感じられる」。体当たりで手に入れた価値観は今、確信に満ちる。

 夕暮れの宮城県名取市閖上。港町に砂ぼこりが舞い、街の明かりは遠い。6、7メートルまでかさ上げされた真新しい防潮堤だけがやけに白く浮き立っていた。

 住民の一人はこぼした。 「昔は、こっからも松林の間に海が見えてたんだけどなぁ」

 コンクリートで覆い尽くす復興。国土強靱(きょうじん)化という名の成長戦略。悲しみの上に重ねなければならなかった被災地の哀(かな)しみにこそ、「この国の今」はくっきりと立ちのぼってくるのだった。
=敬称略〈つづく〉

やはた・さとる 1974年生まれ、東京都出身。98年、専修大卒。大学時代から八丈島で素潜り漁を始め、卒業後は世界各地の漁師の仕事を学ぶため国内外を旅して回った。「海とともに暮らす人々はどのように生きているのか」をテーマにオーストラリアから日本までの多島海域を舞台に2002年から人力航海の冒険をスタート。台湾-与那国島(06年)、フィリピン-台湾間海峡横断(07年)、八丈島-鎌倉間海峡横断(08年)など世界初となる単独無伴走人力航海記録を複数持つ。

◆海遍路 魚類生態学が専門の高知大の山岡耕作名誉教授と海洋冒険家の八幡暁さん、森と海の連環学の研究で知られる京都大の田中克名誉教授らが中心メンバーとなり、衰退する漁村で生きる人々の話に耳を傾け、日本人の原点といえる人と海のつながりに焦点を当て、複雑化する社会問題、環境問題の要因や解決策を模索するのが狙い。2011年から3年かけてシーカヤックで四国を一周したのを皮切りに、今年5月15~31日には「海遍路・東北」と銘打ち、宮城県沿岸を巡った。今後国内へと活動範囲を広げていく。

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