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結成25周年を迎えたLUNA SEAのギタリスト〈3〉
SUGIZO「紅い唇」

カルチャー 神奈川新聞  2014年06月14日 03:00

中学時代のSUGIZO=SUGIZO提供
中学時代のSUGIZO=SUGIZO提供

--「お待たせしました」。
 スタジオでの練習を終えたSUGIZOが、大きなシルバーのアタッシュケースを手に取材場所へとやってきた。座ってすぐ、練習の様子や新調したギターのことを弾んだ声で話し始める。今春、原因不明で体調を崩していた時期はやつれた様子だったが、食事を徹底的に改善し、調子を戻したそう。「月に1度だけ、自分への“ご褒美”として、好きなラーメン店に足を運ぶのが楽しみなんです(笑)」。語る目が、きらきらとしている。

 「年齢を追って、話しをうかがえますか」という言葉に、SUGIZOはうなずき、ゆっくりと口を開いた。第2回で記した幼少期の回想は、自伝「SUGIZO -音楽に愛された男。その波乱の半生」(2011年、講談社)にもつづられている。

 「愛されているという感覚がなかった」「抱きしめられた経験がない」という言葉は、文字を追うごとに胸が締め付けられたが、本人の肉声でその経験に触れている間、遠く離れた痛みが呼び起こされはしないだろうかと、苦しく思った。事実、話を聞いている間、実父との縁が薄かったわたしが、閉じ込めていた悲しみが、SUGIZOの言葉によって、わいては消え、わいては消えを繰り返していた。

 子ども時代と、いま。記憶の波の中で、おぼれかけていたわたしは、「大丈夫ですか?」と自分に問うように、SUGIZOにたずねた。伏せていた目を向けると、SUGIZOは「楽しいですよ」と目を細めた。ゆるんだ口元に、わたしの口角もつられてあがる。ほほえみにほっとし、堅くなっていた心が和んだ。

第3回 -紅い唇-



 --「中学の3年間は、ロックについて学ぼうと内へ内へと入っていった時期。自分が何者なのか探求をした結果、外にも宇宙があるけれど、自分の内にも宇宙があることを知った。そしてそれは果てがない」。

 「音楽=怒られるもの」という図式が頭にあった小学時代、強制される音楽は嫌いだった。しかし、テレビの音楽番組で、メークをして「勝手にしやがれ」を歌う沢田研二にひかれ、「学ばなくてはいけない音楽」にうんざりしていた自分に気が付いた。人の目を恐れず、好きなように自分を表現している姿に心が激しく揺れ、「自分の音楽を作れば、自分の表現が許される。そうすれば叱られない」と五線譜を引っ張り出し音譜を記すようになった。

 中学入学後はロックやテクノ・ミュージックに目覚め、出合ったYMOのかっこよさにノックアウトされた。同時に、このときはまだ手にしていなかったエレキギターを持ち、黒い服を着てステージに立つ自分の姿が頭に浮かんだという。探究心はここでも働き、RCサクセション、一風堂、JAPANなどに夢中になった。YMOの坂本龍一と、RCサクセションの忌野清志郎がコラボレーションして生み出した「い・け・な・いルージュマジック」では、まぶたに青いシャドーを引き歌う忌野らの姿、一風堂の「すみれ September Love」ではギター・ボーカルの土屋昌巳の妖艶さに魅了された。その型破りな表現は衝撃だった。クラシックはこうあるもの……、に反発していた幼少期。男は、女は、“こうあるもの”ではなく、自己を自由に体現する姿にひかれた部分もあるだろう。

 「化粧をしてみたい。キレイになりたい」という思いが爆発したのは、中学2年生の夏休み。叔母の鏡台にあった、口紅をそっと手に取り自らの唇を紅く染めた。一線を越えてしまった、しかし胸躍る自分がいた。当時、バレーボール部に所属していたSUGIZOは、44年の生涯の中で唯一の“坊主頭”だったそうで、「坊主なのに、唇が真っ赤というその変態さに、すごく高揚した」と禁断の世界に足を踏み入れた夏の日の高ぶりを思い出したような熱っぽい声で話してくれた。

 --「性別を超えたい」。

 その思いは、女子生徒の間で流行っていた、袖をまくってジャージを着てみるなどの行動に表れていった。中学進学後、10センチほど伸びた身長や、腕についた筋肉、喉仏が出るなどの身体が変化することが嫌で、男の子でありながら女装をして、同性を翻ろうする“美少女”を描いたマンガ「ストップ!!ひばりくん」(江口寿史)の主人公・大空ひばりに強くあこがれた。「中学3年生で初めてガールフレンドができるまでは、ひばりくんのように、両方の性が自分の中にあった」と言い、鏡を見ては変わっていく自分に落胆した。男らしくなることが本当に嫌だったという。

 クラシックから、歌謡曲、ロックなど広がった音楽への熱はとどまることを知らず、休日には厚木にある楽器店や、レコード店をめぐり知識を深めていった。音楽情報はラジオで仕入れ、流れてくる知らない音楽に胸をときめかせた。初めて手にしたアコースティックギター、小遣いを貯め、1枚1枚増やしていったレコードは宝物だった。

 YMOとの出合いで降りてきた、ギターを持ち舞台に上がる未来の自分の姿。自分が何をしたいのか、自分自身と問答し突き詰めた結果、「自分が作り出すものが見えた。自分が生みだしたい作品の形が見えた」と力を込めた。それは「プロのミュージシャンになるんだ」という思いへとつながった。自身を俯瞰でみていたSUGIZOの心は中学の3年間で、大きく音楽へと傾いた。その胸には、青い炎が静かに燃えていた。


中学3年生のころのSUGIZO=SUGIZO提供
中学3年生のころのSUGIZO=SUGIZO提供

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