1. ホーム
  2. カルチャー
  3. SUGIZO「陰」

結成25周年を迎えたLUNA SEAのギタリスト〈2〉
SUGIZO「陰」

カルチャー 神奈川新聞  2014年06月06日 12:59

小学生のころのSUGIZO。厳しいレッスンをこなしていた=SUGIZO提供
小学生のころのSUGIZO。厳しいレッスンをこなしていた=SUGIZO提供

 ――2014年5月中旬。
 29日に来るLUNA SEA結成25周年記念ライブ、そして6月7日に幕開ける、約14年ぶりのホールコンサートツアーに向け、東京都内のスタジオでリハーサルが進められていた。重くて厚い防音扉を2枚開くと、ギターの爆音が身体に突きささってくる。室内に満ちたびりびりとした空気がSUGIZOのギターやバイオリンを揺らしている。

 約2週間後の本番に向けて、個人練習は3時間。このほかに昼前から夜遅くまで、5人での全体練習を週6日間こなしていく。「古い曲は(みんなで何度も演奏しているから)すぐに合うけれど、新しい曲はこれから合わせていくから。間に合うかな…」とぽつり。聞けば26日の赤坂、29日の代々木、来年3月まであるツアー、そして夏に予定されているファンクラブ限定ギグは別メニューで展開し、さらに“その日の気分で”予定していた曲を一部変えることもあるため、膨大な量の楽曲の練習が必要なのだという。

 ツアーメニューが、2通りあるというアーティストは少なくないが、6パターン(2014年5月時点の予定)もあるのは初耳だ。限られた時間、新調した楽器に音をしみ込ませるように、同じフレーズを繰り返している。「今回はメインのギターが半分くらい新しくなるから、音を教え込んでいるんですよ。ギターやバイオリンは木だから、何度も演奏をして音を覚え込ませて、“歌うような”状態にセットアップしていくんです。楽器の音を開いていかないと」と作業は続く。視線を上げると、弦を絞っていた手を左右にぶらつかせた。少し痛そうだ。

 手にしていない楽器たちにも、自らの演奏を聴かせることで、魂をしみ込ませるのだと、スタジオには黒やシルバーのギター、そしてバイオリンが並べられ、その振動を受けている。子を身ごもった母が、自らのお腹をさすり胎児に歌ったり、話しかけるように、SUGIZOは対話を続けていた。

第2回 -陰-




--1969年、七夕。

 広がっていた曇は午後からぽつぽつと雨を降らせ、織り姫と彦星の逢瀬を許さなかった。年に1度の再会がかなわなかったふたりの催涙雨は勢いを増していく。時計の針が重なった、7月8日。SUGIZOは、トランペッターの父と、チェリストの母との間に生まれた。

 やんちゃで好奇心旺盛。最も古い記憶は1歳ごろで、家族で出かけた真鶴辺りの海で階段を転げ落ちたこと。ギラつく太陽の下、好きなことには夢中になって取り組み、転んで傷だらけになっても、知りたいことに突き動かされるまま遊んでいた。

 --転機。というには、あまりにも早い節目が訪れたのは3歳のとき。

 SUGIZOにプロのクラシック奏者になって欲しいと望んだ父は、「人の心の声を表現できる楽器だから」と息子にバイオリンを手渡した。厳格な父は間違いを許さず、つまづきを見つけると平手打ちが飛んだ。作曲者が作品を生み出した背景や、奏者の思いを想像するのではなく、楽譜を機械のようになぞる、その繰り返しは幼少期の子どもの心を切り裂いた。

 「心の8割を占めていたのは、恐れとプレッシャー。その中で生きていた」と幼いときを振り返る。

 「悪を成敗してやる」と正義感が強い男の子は、父が求めた自分の姿に追いつこうと、涙をぬぐって練習に励んだ。間違えるとたたかれる。音楽から逃れることを望み、けがをして練習ができないときは、心の底からホッとした。父の怒りに触れたとき、「なぜ……」と疑問がわいたが、解消されぬまま。思いを背負おうとする自分と、置かれた状況を破壊したいと望む、ふたつの人格の中で、心の陰が深まっていった。

 「母と祖母の関係が悪くて、家の中にはいつも安心がなかった。愛されているという感覚もなかったですね。抱きしめられた経験もないですし、自分が必要とされてるのかも分からなかった」。

 左指にある裂傷は幼稚園に上がる前、右腕のやけどの跡は小学校2年生のとき、「やってみたら、どうなるのか」と自らを刺したり、身体を燃やして傷つけた跡だ。皮膚が裂け流れる血を見ても、怖くはなかった。身体を傷つけ生まれた痛みよりも、日々の心の痛みの方が、ずっと痛かったのだろう。

 ひとりの時間は古代遺跡などが描かれた子ども図鑑をめくって過ごし、未知の世界に思いをはせた。戦車や武器、制服がかっこいいと、ナチスドイツの本を読みふけった。「宇宙戦艦ヤマト」、「銀河鉄道999」、「ミクロマン」に目を通しては、壮大な宇宙空間に身をゆだねた。「あしたのジョー」にあこがれた4年生のときに始めたボクシングは、プロになりたいと焦がれるなど、身体を動かすことが好きだったが、周囲からは「得意なことは、バイオリン」と特別視され不快だった。同じ4年生のとき、学校でドイツ軍の戦車の絵を描いたときは、先生にしかられた。新しく開いた空間の中でも募るイライラ。抑圧に耐えられず、クラスメートに飛びかかるなど、特異な行動は周囲から驚かれ孤立していった。

 イライラの元凶だったバイオリンは、小学校入学後にレッスンが本格化。秦野の自宅から、代々木八幡(東京)にある教室まで、電車で約1時間15分をかけて通った。人がたくさんいる車内の空間は、息苦しく苦痛だった。

 好きなものを共有できる人がおらず、好奇の目で見られる日々。孤独を埋めるように本の世界に身を寄せた。物語や想像の中の自分は、自分だけのもの。誰にも犯されない想像の世界を見つけたとき、心が解放された。そのころ偉人の伝記で知ったベートーベンは、間違えると手を上げるスパルタな父を持つ部分が自らと重なり、安堵に似た思いが生まれた。

 ベートーベンを始まりに、「運命」など好きな曲や作曲家が増えていく。逃れたいと思っていた音楽の中に共鳴するものが見つかったとき、五線譜を泳ぐ音符を自分なりに表現したいと思うようになった。もともと好きなものには脇目もふらずのめり込む信条。ミスをすると手を打たれる練習は嫌いだったが、音楽を求め、音楽にいやされる自分がいた。バッハや、バルトークが描く世界に魅了され、作曲家になりたいという夢が生まれた。


1歳のころ=SUGIZO提供
1歳のころ=SUGIZO提供

ブランコに乗ってにっこり=SUGIZO提供
ブランコに乗ってにっこり=SUGIZO提供

父が吹いていたトランペットにも興味を持った=SUGIZO提供
父が吹いていたトランペットにも興味を持った=SUGIZO提供

シェアする