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立ちのぼる生命 宮崎進展(下)花咲く大地 レクイエムと生への賛歌

カルチャー 神奈川新聞  2014年05月28日 12:28

「花咲く大地」(2004年、県立近代美術館蔵)
「花咲く大地」(2004年、県立近代美術館蔵)

本展は五つの章で構成されている。第3章は、章のタイトルにもなっている「花咲く大地」と題された、制作年と所蔵の異なる3点が展示されている。それらは主に赤と黒に彩色されたドンゴロス(コーヒー豆などを入れる袋に使われる粗い麻布)が、画面全体に貼り付けられているという点が共通しているが、細部を見ていくとその豊かな変奏に気づかされる。

2004年のサンパウロ・ビエンナーレ出品作「花咲く大地」(県立近代美術館蔵)は、沈んだ色調の赤と黒の麻布が画面を覆う。麻布は麻の繊維から作られたオーガニックな素材であり、規則正しく並ぶ織り目はセルの結合を思わせる。麻布の端がほつれ、けば立ち、糸が垂れ下がっている様子は、菌糸状に増殖、あるいは壊死(えし)していく、何か原初的な有機体の一部のような様相を帯びている。

ドンゴロスという素材と宮崎進(しん)との出会いは、シベリア抑留時代へとさかのぼる。ソ連と満州の国境守備隊の兵士として終戦を迎え、シベリアの収容所に送られた宮崎にとって、1949年まで続く過酷な抑留生活の中で、絵を描く材料として身近に手に入ったのが穀物の入った麻袋だった。「私はこの布に特別の愛着と、何よりも物質としての存在感や材質を超えた不思議な生命のようなものを感じるのである」(95年、「13の言葉」から)

2008年の「花咲く大地」(東京ステーションギャラリー蔵)は、赤がより一層鮮やかだ。そして12年の「花咲く大地」(周南市美術博物館蔵)はさらに赤の透明度が増し、黒い部分を覆っていくかのように広がる。細部に目を凝らすと、まるで氷が解けだしたかのような輝きが見えてくる。宮崎は油絵の具に方解末(方解石の粉末で日本画によく使われる岩絵の具)を混ぜることがあったといい、その輝きだろうか。それは生命の萌芽(ほうが)のきらめきを思わせる。

シベリアで体験した圧倒的な死と生について、宮崎はこう述べている。「冬のあいだは零下70度にもなるシベリアの土地はまさにツンドラです。(中略)それが、春が訪れると、その氷のあいだから、小さな花が芽吹いてくるのです。(中略)万物が、人間も含めて、一気に蘇り、命を吹き返すのです。人間と自然の死と生命の劇的な存在の仕方をわたしはシベリアで感じ取ったのです」(「Vozes da Sib、eria SHIN MIYAZAKI」04年、日本語版から)

3点の「花咲く大地」を制作年順にたどると、大地にまかれた死が生へと花開く様を目にするようである。宮崎作品に通奏低音のように流れる死へのレクイエム、そこに重ねられる旋律は生への賛歌であり、一連の「花咲く大地」はその二つの重奏である。

(県立近代美術館学芸員・ 土居 由美)

【神奈川新聞】


会場風景。第3章の冒頭を飾る2012年の「花咲く大地」(右端)=県立近代美術館葉山
会場風景。第3章の冒頭を飾る2012年の「花咲く大地」(右端)=県立近代美術館葉山

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