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12歳の夢は「五輪で金」 神奈川スケートリンク所属・青木祐奈

スポーツ 神奈川新聞  2014年04月29日 11:14

関東サマートロフィーで演技する青木祐奈=2013年8月、千葉
関東サマートロフィーで演技する青木祐奈=2013年8月、千葉

ニューヒロイン誕生の予感が漂う。世界の銀盤を彩ってきた浅田真央や安藤美姫もくぐった登竜門、ことし3月のフィギュアスケートの国際B級大会クープ・ド・プランタンで、12歳のスケーターが優勝を飾った。神奈川スケートリンク所属の青木祐奈(富岡中1年)。シンデレラストーリーのページが開かれた。

■初舞台■

西ヨーロッパ、ルクセンブルクの首都ルクセンブルク。12歳の新星の世界への第一歩は、高く、華麗だった。

グリーグの「ピアノ協奏曲」で舞った最終滑走のフリー。まず2連続2回転のジャンプを決めると、続く3回転-2回転のコンビネーション、その後4種類の3回転ジャンプも全て成功させた。

1位に立っていたショートプログラム(SP)に続いて、フリーで2位。得意のジャンプを次々に決めて日本人対決を小差で制した。

「初めての日本代表は緊張した。とてもほっとしたけど、内容は良くなかったのでちょっと悔しい。次はそこを直していきたい」。勝ってなお、出てくるのが反省の言葉というのが頼もしい。

■誕生会■

スケート靴を初めて履いたのは5歳の時だが、「原点」というなら話はその約2年前にさかのぼらなければならない。

2006年のトリノ五輪から数カ月後。母の美和さん(45)は幼稚園の誕生日会でのことをよく覚えている。

「将来の夢はスケート選手です」。園児ら約400人の前で4歳になった愛娘(まなむすめ)が言った。当時まだ習ってもいない競技だったが、テレビ中継に魅了されていた。

翌年の誕生日会でも、「夢はスケート選手」と言い切った。ならばと自宅から近い神奈川スケートリンクの門をたたいた。

■ご褒美■

人生初めてのリンクは「お母さんと手をつないで滑った。すごく楽しかった」という。それが小学1年生から週4回の練習となり、今では早朝5時からの1時間と学校終わりの午後5時から9時まで毎日滑る。唯一のオフだった火曜日も、昨年から体の柔軟さや美しいポジションを補うためのバレエ教室へ通う。

「趣味もスケート。練習は大変だけど、難しいジャンプが跳べたときがうれしい」。昨年から体重を毎週量り、大好きなドーナツやチョコレートは大会で勝った時のご褒美だ。「練習で疲れて帰って来ても、学校の宿題があると泣きながら頑張る」と美和さん。負けん気の強さもある。

■世界へ■

神奈川スケートリンクでは5年前からジュニア世代の育成を強化。1977年の世界選手権で日本人初の銅メダリストとなった佐野稔や、ソチ五輪金メダリスト羽生結弦を中学時代まで育てた同リンクの専属インストラクターの都築章一郎コーチ(76)が、青木を教えている。

「時代もあるから比較はできないが、やっているテクニック、進(しん)捗(ちょく)状態は小、中学生の時の羽生よりも速い」と同コーチは舌を巻く。

青木が3回転ジャンプの練習を始めたのが小学4年の終わり。一つのジャンプを会得するまで「2万回の練習が必要」というのが持論だが、「祐奈はまだ3千回もやってないよ」と言う。「浅田、鈴木(明子)、村上(佳菜子)に続く日本のスケーターが神奈川で誕生した」と大きな期待を寄せる。

16歳となる平昌五輪については「まだ想像できない」と青木。次の目標は昨年2位だった小学生(誕生月により中学1年も含む)の年代別の大会、全日本ノービスの頂点だ。「将来はオリンピックや世界選手権で金メダルを取りたい」。真剣な目つきで語る12歳が近い将来、世界を驚かせる日がきっと来る。

◆青木 祐奈(あおき・ゆな) 西富岡小-富岡中。5歳でフィギュアスケートを始め2013年全日本ノービス選手権2位。149センチ、37キロ。横浜市金沢区出身、在住。12歳。

◆クープ・ド・プランタン 国際スケート連盟が公認するフィギュアスケートの国際大会。青木が優勝したアドバンストノービス部門は、12カ国29人の10歳以上15歳未満の選手で争った。このほかジュニア、シニア部門などがある。同大会の日本代表は全日本ノービス選手権の上位選手から派遣されている。

【神奈川新聞】


インタビュー中、笑顔を見せる青木祐奈(右)と都築章一郎コーチ=横浜市神奈川区の神奈川スケートリンク
インタビュー中、笑顔を見せる青木祐奈(右)と都築章一郎コーチ=横浜市神奈川区の神奈川スケートリンク

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