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プロレスラー・沼澤邪鬼
【ひとすじ】傷ついても傷ついても(下)

スポーツ 神奈川新聞  2014年04月16日 12:00

地域振興にも力を入れる団体にあって渉外担当を任される。スーツに身を包みデスクワークだってこなす=横浜市都筑区
地域振興にも力を入れる団体にあって渉外担当を任される。スーツに身を包みデスクワークだってこなす=横浜市都筑区

 初めの一歩を踏み出してみろ。やってみなければ分からない。それで駄目なら諦めもつくはずだ。

 やるべきことは一つだった。でも、本当に駄目だったら。夢がそこで終わってしまったら。憧れ、夢想することさえできなくなってしまったら。

 「情けない自分を変えたかった。煮え切らない自分にイライラした。なのに実際にやっているのは、自分で自分に言い訳を与えるようなことばかりだった」

 ステンレス加工の会社を辞め、プロレスのテストを受けるため、体を鍛えようとスポーツジムで働きだした。いつでも挑戦できるように身軽でいるべきだったのに、車を買った。「ローンがあるから、仕事は辞められない」という逃げ道をつくった。

 転職を繰り返した。コンビニの弁当作り、野菜の袋詰め、運送屋の倉庫番…。夢を見て見ぬふりをした。プロレス観戦は続けていた。リングを照らすカクテル光線がまぶしかった。レスラーたちの汗がうらやましかった。居ても立ってもいられず、会場から40キロ近く歩いて自宅に帰ったこともあった。長い道のり、何度も自分に問い掛けた。

 なんで頑張れないんだ。変わりたいんだろ。鍵はおまえ自身が握っている。やれ。勇気を出せ。翌日、やはり一歩を踏み出せない、出さない自分がいた。煩悶の日々は4年も続いた。車のローンも払い終えた。ある日、母親に叱られた。

 「やるならやる。やらないならやらない。いいかげんにはっきりしなさい」

 23歳になっていた。相談した覚えはなかったが、母はすべてをお見通しだった。やっと腹をくくれた。「やるからにはプロレスだけで食べていける団体に行きたかった」。履歴書の送り先は横浜市都筑区が本拠地の大日本プロレスに決めた。

 テストでは腕立て伏せやスクワットを何百回もやらされた。ボロボロになりながら、やり遂げた。「後楽園ホールに試合の手伝いにおいで」。扉は意外にもあっさり開いた。


 おどろおどろしいメークに「黒天使」のニックネーム、沼澤邪鬼はなぜ、凶器と狂気を美徳とするデスマッチを選んだのか。大日本には、純粋な強さで魅せる「ストロングスタイル」という王道のレスラーもいる。

 「団体に入った限り、上に行きたい。でも体が小さくて、普通のプロレスではかなわない。デスマッチなら極められると思った」

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