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老舗の味をもう一度 中華街・永楽製麺所が南区で再出発

カルチャー 神奈川新聞  2014年04月14日 00:00

「いつか中華街へ戻れれば」と話す楯さん親子=横浜市南区の「永福」
「いつか中華街へ戻れれば」と話す楯さん親子=横浜市南区の「永福」

横浜中華街(横浜市中区)で手広くめんを卸していた老舗「永楽製麺所」。多額の負債を抱えて一度は店を畳んだが、「伝統のめんづくりを絶やさないで」という声に後押しされ、屋号も新たに「永福」(同市南区)として再出発したのは昨年11月のことだった。それから5カ月、変わらぬ味に経営は軌道に乗り始めた。

永福を開業したのは、永楽製麺所の子会社「古夢」の楯紳一社長(63)。楯さんは学生時代から永楽でアルバイトをし、そのまま就職。創業者の娘の秀子さんと結婚し、社長を務めたこともある。近年は子会社に転じ、横浜中華街発展会副理事長などの公職に力を入れていた。

楯さんが振り返る。「経営が悪化しているという実感がなかったので、弁護士から事業を停止すると告げられた時は半信半疑だった」。昨年9月20日、中華街にある永楽の本社は即日立ち入り禁止になり、取引先や顧客の名簿も差し押さえられてしまった。

途方に暮れる楯さんを勇気づけたのは、顧客や中華街の仲間たちだった。「伝統のめんづくりを絶やすな」「永楽のめんをもう一度食べたい」「何か手伝えることはないか」。メール、電話、ファクスなどがひっきりなしに届き、長女の玲奈さんも「(創業者の)おばあちゃんの味を残そう」と背中を押した。

復活を決意してからの行動は、早かった。古夢の資産だった旧工場を改装し、製麺機を導入。厨房や15席ほどの食堂設備も用意し、保健所の営業許可を得て、11月5日に開業した。「両親の結婚記念日に間に合わせたい」という玲奈さんの希望がかなった「記念すべき日」の再出発となった。

一日3万食を製造していた永楽に比べれば、「(輸入スポーツカーの)フェラーリと自転車ぐらいの差」と楯さん。それでも昼時には「打ち立てめんを使ったラーメン」を目当てに行列ができるようになった。小回りのきく仕事ぶりを見込んで、中華街の有名店から特注めんの製造依頼も入り始めた。

楯さんは「永楽も義母が1947年に創業したころは、自宅の6畳間が工場だった。南区で実績を積み重ね、いつか再び中華街に戻れればいい」と、当面は地元に愛される店づくりに全力投球するつもりだ。

【神奈川新聞】


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