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殉職者ゼロの誇り 海上保安庁特殊救難隊

横浜みなと新聞 神奈川新聞  2016年11月21日 12:39

大声で状況を報告する特殊救難隊の新人隊員=2日、横浜海上防災基地
大声で状況を報告する特殊救難隊の新人隊員=2日、横浜海上防災基地

 転覆船からの人命救助など、海難事故に果敢に挑む海上保安庁の特殊救難隊。1975年の創設時から延べ195人の特救隊員が危険な任務を担ってきたが、殉職者を一人も出していないのが海保の誇りだ。新人隊員の研修訓練が行われている横浜市中区の横浜海上防災基地で、その理由を探った。

 特救隊員のみが着用できるオレンジ色の制服はまっさら。7カ月間の過酷な訓練を終えたばかりの5人は表情は硬く全身に緊張感がみなぎっている。宮野直昭・第3管区海上保安本部長が2日、同基地で一人一人に修了書を手渡した。隊員の象徴であるオレンジ色のベレー帽も貸与された。

 合わせて披露された訓練は、貨物船の船倉で転落事故が起きたとの想定で実施。高さ約15メートルの天井から2人がロープで降下し、要救助者に見立てた人形を救護し、ストレッチャーに乗せてロープで釣り上げて収容した。隊員は互いに大きな声を掛け合いながら、作業の手順や装置の状態を確認していた。

 極限状態での人命救助を責務とするだけに、体力的、精神的に追い込まれる訓練が連日課された。最後を締めくくったのは、水と塩だけの補給を原則として26時間歩き続ける100キロ行軍だ。

 「あと10キロのところで隊長が突然現れて『走れ、走れ』って。最後は頭が真っ白。気持ちが高まっていたので乗り越えることができた」と明かすのは、3管から選抜された米山将平隊員(26)=広島県三次市出身。「同期と励まし合い、助け合い、必ず救助するという決意の大切さを学んだ」と振り返る。

 海保の幹部を育成する海上保安大学校で潜水士を志していた2009年、八丈島近海で漁船「第1幸福丸」が転覆。遭難から4日目に乗組員3人が救助されたニュースに驚いた。

 「転覆船の中で耐え抜いた人がいた。それを救助した潜水士ってすごい。生きていると信じていることで助けることができた」。9管での勤務を経て、救難強化巡視船「いず」に潜水士として乗船し、より高度な海難救助をしたいと特救隊員に志願した。

 「苦しい疲れたもうやめたでは人の命は救えない」。これは特救隊に代々受け継がれている“心意気”だ。しかし、「救いたい」という思いが先走ると視野が狭くなり、その結果、重大な事故につながる。

 研修では、さまざまな状況での訓練を通じて常に安全に救助する方法を考えさせることに重点が置かれた。米山隊員は「訓練でうまくできないことが自分へのプレッシャーだったが、多彩な救助法を身に付けたので現場では冷静に対処したい」と意気込んでいる。

 特救隊の殉職者ゼロを継続していることについて、3管の田村安正警備救難部長は「安全とは、まずは自分を守ること。安全や危険に対して事前に予測する力、危険予知が基本であり、この力を徹底的に鍛えている」と話す。

 「何となく動作するのではなく、その動作がどのような結果をどれだけ予想できるかが安全につながる」と強調。チームで互いにチェックし合うことで自分だけでなく他の隊員の安全を確保していると説明する。


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