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【ひとすじ】生きる意味伝え20年-オペラ歌手・一政さつき

社会 神奈川新聞  2016年11月21日 11:44

子どもたちに歌を指導する一政さん
子どもたちに歌を指導する一政さん

 きっとできないからと、大人が諦めない。時間をかけて努力すれば、やれることはたくさんある。「自分の出番は自分で覚えるんだよ」「みんなならできるよ」。先生の言葉に応えるように、ダウン症など障害のある子どもたちが生き生きと力いっぱい歌い、踊る。

 中原市民館(川崎市中原区)で23日に開かれるコンサート「夢はるかフェスティバル」。洗足学園音楽大講師でオペラ歌手、一政さつきさん(55)=同区=が教えている、障害児のための音楽教室の生徒らが出演し、楽器演奏やミュージカルを披露する。

 一政さんのダウン症の長女・春花さんが今年で20歳を迎え、娘のために始めたコンサートも20周年になる。「障害は不便な時もあるが、不幸ではない。障害児の母となり、理解できる世界が広がったことはとても幸せなこと。お客さんには、子どものいろんな才能や可能性、生きる意味や本当の幸せを感じてほしい」

 それは葛藤の日々を乗り越えてきたからこそ、伝えたいメッセージでもある。
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 出産後、わが子をすぐには抱けなかった。詳しい理由を知らされないまま、新生児集中治療室(NICU)に入れられ、ガラス越しに姿を見ることしかできなかった。病院に夫を呼ぶように言われ、生後9日目で医師から告げられた。「ダウン症です」

 どういうものなのか分からなかった。尋ねると、返ってきた言葉が全身を貫いた。「知恵遅れのお子さんです」。目の前にシャッターが下ろされたようで、涙があふれた。

 それからやっと、わが子を胸に抱いた。その時、母としての力が湧いた。「絶対にこの子を天使のような優しい子に育てる。この子を守ろう」。春の花のように美しく優しい心に育つようにと「春花」と名付けた。

 出産翌年の1997年から、ふるさとである岩手県内でチャリティーコンサートを開いた。「この子を隠さず、正々堂々と一緒に立てるステージをつくりたかった」。1歳になったばかりの娘を抱きながら歌い上げ、「私は前を向いて生きていく」と宣言した。

 2000年からは、川崎市中原区の療育センターに通っていたころ知り合った母親仲間から「障害児に本物の音楽を教えてほしい」と頼まれ、自宅で音楽教室を始めた。ダウン症、知的障害、自閉症…。「生徒にどう接すればいいのか。いろんな本を読んでも、答えが出なかった」。実際、自身の子育ても苦悩の連続だった。

 首が据わるのも、歩けるようになるのも、通常の3倍遅かった。自信をなくし、落ち込んでいる自分にショックを受けた。「こんなに劣等感を覚えるなんて、今まで障害者を見下していたのだろうか」。悩んでいる自分が嫌だった。

 次第に、ゆっくりと成長の喜びを味わわせてくれているのだと気付いた。「なかなかできないからこそ、できたときの喜びも大きい。きれいな花を見て、きれいだと言える子に育ってくれればいいと思った」。5歳の時、保育園の帰り道。「は行」が言えない娘が、道ばたの花を見て言った。「おあな、きれい」。これでいいんだ、と思えた。

 何度もやめようと思った音楽教室も、手探りで教えていくうち、子どもたちとの向き合い方が分かってきた。大人の都合で時間を進めず、何に興味があるのか、ゆっくりと見つけていく。「あまやかさない、あきらめない、あせらない」の三つの「あい」をモットーに、障害児のペースに合わせて一緒に音楽を楽しみ、表現することをサポートしてきた。

 02年からはコンサート会場を中原区内に移し、音楽教室の生徒らの発表会として始めた。個性を発揮し、自由に表現する喜びを知ってもらうため、毎回ソロ発表の時間を設けている。教室関係者以外の人にも足を運んでもらおうと、今は毎年、フェスティバルとして学生や市民ボランティアらと共に舞台をつくっている。
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 娘の保育園の友人から、「どうしてはるちゃんは話せないの」と聞かれることがよくあった。娘の生まれてきた意味を伝えたくて、春花さんの6歳の誕生日に、保育園で自作の紙芝居を読み聞かせた。

 雲の上にはこれから生まれる子どもたちがいて、地上行きの電車を待っている。赤ちゃんができなければ、ママがおなかのできものを取る手術をすると知り、春花は神様にお願いして、少し早い電車に乗った。代わりにハンディキャップを持つことになったが、世界一の笑顔ももらった。春花の障害が分かり、ママは何度も泣いたが、ある時気が付いた。ママが太陽のように笑っていれば、この子はきれいな花を咲かせるだろう-。そんなストーリーだ。

 「周りの人が優しくなれるように、生まれてきたんだね」。友人たちはそう受け止め、娘に手を差し伸べてくれるようになった。

 このストーリーを一度だけ、生徒たちが芝居で演じたこともある。障害児が障害児役を演じることがいいことなのか、葛藤もあった。「でも、自分が障害児であることを悪いことだと思ってほしくなかった」

 出来上がった台本を読むと、子どもたちが泣きだした。「母親の涙の理由を想像したりして、悲しくなったのかもしれない」。子どもたちには、「ママも最初は悩んだけど、今は本当に幸せなんだよ」と伝えた。子どもたちは「分かった」と頷(うなず)き、練習してくれた。それでも本番で泣きながら歌う子もいた。

 表現は難しい。今も悩むが、それでも伝えたい。「障害は治せない。でも、周りの人が障害を持って生まれてくる意味を考え、優しくなれる人に成長することが、大事なことだと思うんです」

 今年は小学生から大人までの障害者10人を含め、約80人が出演する。一政さんが子どもたちの個性を思い浮かべながら台本を書いたミュージカルのほか、これまでの20年を歌で振り返るステージもある。「春花の『ママ大丈夫だよ』という笑顔に支えられ、ここまで頑張れた。『夢をはるかに持つ』の思いを忘れず、これからも続けていきたい」


23日の本番に向け、歌の練習に励む生徒たち =川崎市内
23日の本番に向け、歌の練習に励む生徒たち =川崎市内

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