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フットサル選手・久光重貴
【ひとすじ】同じ境遇 患者に救われ(中)

社会 神奈川新聞  2014年02月08日 12:18

ピッチを眺める久光さん=平塚市の馬入ふれあい公園サッカー場
ピッチを眺める久光さん=平塚市の馬入ふれあい公園サッカー場

 32度目の誕生日から一夜明けた昨年7月9日、フットサルのFリーグ、湘南ベルマーレ選手の久光重貴(32)は肺がんを患っていることを発表した。病気と向き合うことを公に宣言する意味があった。翌日、9日間の入院から闘病生活が始まった。

 病院側から勧められたのは個室だった。ただ自ら進んで6人のがん患者が入る相部屋を選んだ。「同じ立場の人の声はきっと今しか聞けない。病と向き合いたい」。そんな思いを抱くのには理由があった。「病で人は強くなるのかもしれない」。実は以前にも大病を患っていた。

 

激痛


 2011年1月。遠征先の岩手・花巻市から地元の平塚へと帰るバスに、久光は揺られていた。調子がおかしかった。左足首に痛みを感じた。見ればサンダルを履けないほど膨れ上がっていた。「おかしいな」。けがはしていないはずだった。

 症状は悪化していった。診断の結果は原因不明。痛みでなかなか寝付けない日々が1カ月も続き、「足首から先を切り落としたい」とさえ思った。ようやく病名が分かったのは病院を変えてからだった。骨髄炎。長年、左足首の捻挫を繰り返したことで骨に傷がつき、傷口から細菌が入って骨髄がむしばまれていた。

 骨はいつ砕けてもおかしくないほど、ぼろぼろだった。「復帰は難しい。歩けなくなる可能性もある」。医師の言葉を覆そうと、久光は必死にリハビリに取り組み始めた。

 車いすでの生活が続くなか、最初に踏み出せたのはわずか数歩。次第に距離を伸ばし、病院の周りを散歩した。投薬治療と並行しながら、徐々に骨の強度を取り戻していった。

 普通に歩けるようになったのは、3カ月を過ぎたころ。ジョギングからダッシュと負荷を強くした。

 およそ1年半がたった翌12年6月、シーズン開幕戦となる古巣ペスカドーラ町田戦のピッチに、久光は立っていた。復帰困難と医師に言われていた状態からの復帰だった。同7月には本拠地の小田原アリーナに登場し、先制ゴールを決めてチームの勝利に貢献した。

 シーズンが終わってみれば15試合3得点。「これでやっと戻れたんだ」。がんが発覚したのは、復活を果たし、さらなる活躍を期していた13年シーズンの開幕直前の5月だった。

 「どうして自分ばかりが…」。一度はくじけそうになった久光の心を救ったのは同じ境遇の人たちだった。

仲間


 相部屋で一緒になったのはほとんどが肺がん患者。親とほぼ同じ世代の50代から60代の男女だった。「若いのに大変ね」。気遣う言葉だけでなく、フットサル選手であることを告げると喜んでくれた。握手を求められ「パワーをもらった。きっとこれで私も大丈夫」と言われた。「試合に出られるようになったら、必ず見に行くからな」。そう声を掛けてくれた、岩崎さんという男性もいた。

 「ありがとうございます。絶対復活します」。受け取った言葉一つ一つが力になった。入院の9日間は、体と抗がん剤との相性を見極める期間だった。副作用は至る所に出た。体には発疹ができ、口の中は口内炎が発症し、やけに渇いた。食べたものは全て下痢として出てしまう。それでも心配された肺炎はなく、退院の許可が下りた。

 今は錠剤を服用しているが、効果が弱くなれば、より強い点滴の抗がん剤へと切り替えなければならない。ただ点滴は錠剤と比べて副作用が大きい。元気に言葉を交わしていた相部屋の人たちは、点滴の抗がん剤を投与した途端に様子が一変したという。「ついさっきまで元気だった人が突然、口数が少なくなって…」。頭まで布団をかぶって、痛みにうめき続けていた。

 久光もまた、点滴の投与がいつ始まるか分からない。「スピード、力強さとか。点滴を使えば体力が一気に落ちる。錠剤を飲めているうちが現役に復帰するチャンスだと思う」

 昨年12月。戦列復帰を誓い、スタンドからの応援を約束してくれた岩崎さんが亡くなった。相部屋だった人たちの中でも元気な人だった。胸がふさがった。退院した今も、久光には死への恐怖がつきまとう。布団に入って目をつむり、目の前が真っ暗になる瞬間、どこかに引き込まれそうな感覚が襲う。

 「次に起きた時に、自分はちゃんと生きているのか」。それでも、めげることはできない。岩崎さんやサポーター、チームメートらと果たさなければならない約束を交わしている。「ピッチで戦っている姿を届けなきゃいけない」=敬称略〈つづく〉


がんを公表後、昨季のホーム開幕戦でサポーターにあいさつする久光=昨年7月15日、小田原アリーナ(湘南ベルマーレ提供)
がんを公表後、昨季のホーム開幕戦でサポーターにあいさつする久光=昨年7月15日、小田原アリーナ(湘南ベルマーレ提供)

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