1. ホーム
  2. 時代の正体
  3. 時代の正体〈416〉放射性土壌の行方(1)忘れ去られた学校

時代の正体〈416〉放射性土壌の行方(1)忘れ去られた学校

時代の正体 神奈川新聞  2016年11月16日 11:50

市立市場小に保管されている放射性物質を含んだ土。空間線量が市の「基準値」を超えていると発覚した後、ペール缶に入れられた
市立市場小に保管されている放射性物質を含んだ土。空間線量が市の「基準値」を超えていると発覚した後、ペール缶に入れられた

 子どもたちの歓声が校庭に響いていた。遠くの高台には高層マンションが見える。

 JR南武線尻手駅から歩いて15分。京浜工業地帯からそう遠くない場所に、創立143年余りの横浜市立市場小学校(鶴見区)はある。

 9月下旬、その伝統校に足を運んだ。校舎2階とつながる屋外プールの階段脇に、施錠された鉄格子のドアがあった。


校舎2回とつながる屋外プール。階段脇に鉄格子のドアがあり、その先を進むと、原発事故後に除去した土が保管されている。
校舎2回とつながる屋外プール。階段脇に鉄格子のドアがあり、その先を進むと、原発事故後に除去した土が保管されている。

 「中は暗いので、頭上に気を付けてください」

 案内役の職員が声を掛けてくれる。ドアの敷居をまたぐと、配管などが通る空間。内側は日中も薄暗い。懐中電灯を手にさらに進んだ。

 突然、ごみ袋が見えた。

 半透明のごみ袋が積み重なり、その端には薄ピンク色のペール缶が二つ。照らすと、ラベルの文字が浮かび上がった。

 〈マイクロスポット対応等により発生した除去土壌〉
 〈学校名:市場小学校 発生場所:不明(自主保管) 当初測定日:9/12 当初線量:1センチ 0・75マイクロシーベルト 50センチ 0・13マイクロシーベルト〉


市場小に保管されている放射性物質を含んだ土。2016年9月、市教委が土を計測し、ペール缶に入れた。
市場小に保管されている放射性物質を含んだ土。2016年9月、市教委が土を計測し、ペール缶に入れた。

 東京電力福島第1原発事故から5年半。今年9月12日に測定された土壌は、いまなお横浜市の基準を上回る空間線量を記録し、校舎内に保管されていた。

 室井克之校長が言う。

 「先日、横浜市教育委員会の職員が来て、線量を測っていきました。2年前、学校は(汚染土の存在を)市教委に報告していたので、正直、『今になってなぜ』という気持ちでした。まさか忘れ去られているとは思いませんでした…」

 市場小の名前をメディアが報じたのは、9月10日だった。

 〈学校自主保管把握せず 汚染土壌で市教委 1校が基準値超え〉

 同日付の神奈川新聞朝刊横浜版。室井校長は、大きな見出しとともに掲載された記事の中に「市場小」の文字を見つけた。

 原発事故によって放射性物質に汚染された土壌が横浜市立の小中学校12校で「自主的に保管」されていたことが分かり、うち1校、市場小の土壌からは基準値を超える放射線量が測定された、という内容だ。

 「知らなかった」



 室井校長が驚いたのには理由がある。記事の中で市教委は「12校が自主的に土壌を保管していた事実を把握していなかった」と説明していたからだ。

 なぜ、「知らなかった」と言い出したのか。

 「市教委は当然、学校が土壌を保管していることを知っていると思っていました。なぜなら、(市教委の指示に従って)学校はその事実を報告していたからです」

 室井校長の言葉を裏付ける文書は、今も学校に保管されている。

 事のいきさつは2年以上前にさかのぼる。

 市教委健康教育課長は2014年7月16日付で各学校長に宛て「マイクロスポット対応等の除去土壌の処理にかかる事前調査について(依頼)」とする公文書を送った。

 〈マイクロスポット対応等により発生した除去土壌については、現在、各校において適切に保管していただいているところです。昨年末より、各校が保管している除去土壌の空間放射線量の再測定を実施してまいりましたが、測定結果が本市対応の目安未満であった除去土壌につきましては、今後、作業要領に基づき、適切に処理を進めていくことといたしました〉

 除去した土壌は学校敷地内で埋めるよう指示し、その上で、埋設処理の状況を報告するよう要請する内容だ。

 室井校長は当時の戸惑いを今も忘れない。

 「当時、汚染が懸念され厳重に管理されてきた土壌を本当に埋設してしまっていいんですか、と」

 「埋め戻せ」


 公文書に記載された「マイクロスポット土壌」とは何か。

 この呼び名は横浜市が独自に作った。原発事故で発生した放射性物質は神奈川県内にも飛散。各学校の雨どいや側溝などからも、汚染濃度が高い放射線量が測定されていた。

 当時、市は「局所的に周囲より高い放射線量が測定される場所」を「マイクロスポット」と名付け、さらに対応が必要な目安として「対象物から1メートルまたは50センチで0・23マイクロシーベルト以上、または1センチで0・59マイクロシーベルト以上」という独自基準を設けた。

 これに基づき、11年9月以降、市内の全小中学校と保育園で線量を測定。目安を超えた学校や園は土壌を除去し、保管するよう市は指示している。これが「マイクロスポット対応」だった。


福島第1原発事故後、神奈川県内にも放射性物質が飛散。学校や保育園は、汚染濃度が高いと思われる雨どいや側溝の土を除去し、ゴミ袋に入れ、敷地内に保管した。
福島第1原発事故後、神奈川県内にも放射性物質が飛散。学校や保育園は、汚染濃度が高いと思われる雨どいや側溝の土を除去し、ゴミ袋に入れ、敷地内に保管した。

 ところが、である。

 事故から1年9カ月後の13年暮れ、市は方針を大きく転換した。市放射線対策本部会議が「除去、保管している土壌は、学校敷地内に埋め戻す」と決定したのだ。基準を超える土壌についてもプラスチック容器などに入れて30センチ以上の土を盛って埋める、という指針。そうなると、汚染土壌は半ば永遠に敷地内に残ることになる。

 市教委が各学校に送った公文書は、この方針転換を受けたものだ。

 室井校長によると、市場小ではあらためて保管中の汚染土壌の線量を測った。すると、土壌が入ったごみ袋18袋中8袋から、市の基準を超える放射線量が出た。しかも、2袋は1センチの距離で「1・166マイクロシーベルト」「1・108マイクロシーベルト」を計測。市の目安を2倍近くも上回った。

 「高い数値が出ているにもかかわらず、見て見ぬふりをして埋めてしまおうとは思いませんでした」と室井校長は振り返る。


原発事故から1年8カ月後、市内の保育園で土壌を計測した際、袋の上からでも市の基準値を上回る空間線量が測定された。
原発事故から1年8カ月後、市内の保育園で土壌を計測した際、袋の上からでも市の基準値を上回る空間線量が測定された。

 市場小は市教委に対し、汚染土壌を埋めることについて「健康教育課と相談したい」と文書で回答。さらに、室井校長は「埋設保管について、文書のみで各学校にまかされるのは厳しい」と記した。

 市教委に回答をファクスで送付したのは、14年7月24日。その記録は市教委健康教育課にも残されていた。その後、電話で土壌の保管継続を指示されたが、以降は放置され、いつしか忘れられた存在となっていった。

「分類」が違う



 記者は今年9月23日、市教委を訪ねた。汚染土壌を自主保管していた12校の存在を「知らなかった」と言う理由を尋ねるためだ。

 健康教育課の担当課長によると、いまのポストに就いたのは15年4月。その際の業務引き継ぎでは、12校の保管を知らされなかったという。なぜなのか。

 同課長は、そもそもの「分類」が違う、と説明する。「12校は、横浜市の方針に基づいて計測が始まる前、震災から割と直近の時期に、おそらく自主的に土を除去して保管していた学校です」

 つまり、市教委の方針に基づいて行動した「マイクロスポット対応」とは異なるのだという。「12校については、市教委として『マイクロスポット対応』という認識ではなかったのだと思います。ですので『マイクロスポット対応』で発生した土のように、継続して線量を測ることも、その線量結果をホームページで公表することもありませんでした」

 行政の指示に従った除去か、自主的な除去か。その差で、「自主的」に行動した12校は市教委の担当部局の把握からも漏れ、引き継ぎからも抜け落ちた。


市場小ではプールの下にできた空間に、放射性土壌が保管されている。中は薄暗く、懐中電灯がなければ何も見えない。
市場小ではプールの下にできた空間に、放射性土壌が保管されている。中は薄暗く、懐中電灯がなければ何も見えない。

 14年7月の時点では、「自主的」保管は確かに12校あった。それから2年を経た現在、市場小を含む6校は土を保管しているが、6校には土はなく、保管の記録もない。汚染土壌がどこにあるのかも「不明」という。厳重に管理されてきたはずの土壌が、忽然(こつぜん)と消えていた。

信頼守るために


 市場小は原発事故から5年半、ずっと汚染土壌を保管してきた。今回、市の計測で基準値超えが判明した土は「マイクロスポット対応」の土と同じように、北部汚泥資源化センター(鶴見区)へ移管される予定だ。市場小が保管中のそれ以外の土について、市教委は「学校外に運び出す」とするが、搬出先は決まっていない。

 室井校長は言う。

 「目の前に市が定めた基準値より放射線量の高い土がある。そうであるならば学校としてやるべきことはやります。一つ一つの行動は保護者、地域の方が学校を信頼してくれるか否かにつながります。もし市が決めた基準さえも守らず、放射性物質に汚染された土を埋めてしまっていたら学校は信頼を失うでしょう。そして信頼を失ってしまった学校は、もはや教育の場ではなくなってしまうでしょう」



 原発事故から5年半。横浜市内の小中学校や保育園に残された「放射性物質に汚染された土」の行方を追った。 

経過表
2011年 3月 東京電力福島第1原発事故
      9月 保育園、学校で「マイクロスポット」対策開始
  12年 1月 放射性物質汚染対処特措法が施行
  13年12月 放射線対策本部会議が方針決定(非公表)
         放射性物質を含んだ土について市の基準未
         満、以上にかかわらず「埋め戻せ」とする
  14年 3月 埋め戻せ」方針に基づく作業要領を作成
      7月 市教委「除去土壌の処理にかかる事前調査」を
         各校に送付
         マイクロスポット対応の基準未満:10
                    自主保管:12校
    7~8月 基準未満の4校が校舎裏などへ土を埋設
     10月 市長が非公表で土を埋設したことについて謝罪
     12月 放射線対策本部会議「埋め戻せ」方針について
         「埋め戻さなくてもいい」と運用方法を追加
  16年 9月 市教委が記者会見
         自主保管の12校把握せず、1校は基準超


市場小に保管されたままの土壌。東京電力福島第1原発後、学校は「汚染濃度が高い」として自主的に土を除去し、保管してきた
市場小に保管されたままの土壌。東京電力福島第1原発後、学校は「汚染濃度が高い」として自主的に土を除去し、保管してきた

シェアする