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教育への政治介入、現場の自主規制懸念 高嶋伸欣・琉球大名誉教授

社会 神奈川新聞  2014年01月12日 11:12

たかしま・のぶよし 1942年生まれ。歴史研究者。琉球大名誉教授。93年、横浜地裁で教科書訴訟を起こすなど一貫して教科書問題に携わっている。
たかしま・のぶよし 1942年生まれ。歴史研究者。琉球大名誉教授。93年、横浜地裁で教科書訴訟を起こすなど一貫して教科書問題に携わっている。

第1次政権時に教育基本法の全面改正を行い「愛国心の育成」を明記した安倍政権は今、教育再生を掲げ、道徳の教科化や教育委員会制度の見直しを推し進めようとしている。過去を反省する教科書を「自虐史観」とし、教科書法の制定も視野に入れる。こうした動きを先取りするかのように昨夏、県教育委員会が特定の歴史教科書を排除するよう介入した事例があった。教科書問題に長く携わる高嶋伸欣・琉球大名誉教授は、政権の姿勢と教育現場の自主規制に強い危機感を抱く。

昨年10月。横浜市内での「問われる教科書採択」と題した講演の後、会場近くの打ち上げの席で高嶋さんは記者に言った。

「日本は12歳のままですね」

日本の民主主義について、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが触れた言葉だ。後日のインタビューで真意を問うと、高嶋さんはこう返した。

「もっと幼いかもしれません。12歳なら別の立場の人も踏まえた相対的な認識ができる。安倍さんはこの国をナショナリズムに引きずり込んでいる。ナショナリズムは感情論。好きか嫌いか、敵か味方かの二元論です。自分中心で、別の立場を考えない。そうした安倍さんの態度に多くの人が同調してしまっている」

安倍首相が靖国神社に参拝したのは、その10日後のことだった。

自民党は現行の教科書について、「自虐史観に強くとらわれるなど教育基本法の趣旨に沿っているのか疑問を感じるものがある」との問題意識を示している。

「自虐史観は明確な定義のない造語です。それが自民党の公約で公然と使われるようになった」

高嶋さんは、恩師である故・家永三郎さんの起こした教科書検定訴訟を継承し、教科書運動に長く携わってきた。マレー半島での住民虐殺など旧日本軍の東南アジアでの住民迫害を現地調査し、軍の公式記録で裏付けをするなど歴史研究者としての仕事もしてきた。それだけに「自虐史観」という言葉を強く非難する。

「特定秘密保護法と同じです。何を自虐史観と認定するのかは権力者の思うまま。多様な解釈が可能な言葉を根拠に、恣意(しい)的な教科書検定が行われることになる」

一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ-。

教育勅語の一節をそらんじた高嶋さんは、道徳の教科化に強い懸念を示した。

そして、かつて高校の授業で教育勅語と明治憲法の関係を生徒に教えた際の忘れがたい出来事を語り始めた。

「なぜ明治憲法の翌年に教育勅語が公布されたか」

授業でその問いを生徒とともに考えた。

自由民権運動を押さえつけ、明治憲法はできた。主権在君が当然だということを学校で子どもに徹底的に教えるため、教育勅語が必要だった-。

高嶋さんとのやりとりを通じ、生徒たちは歴史の一面を知る。翌日、一人の男子生徒がノートに書いた長文の感想を読み、驚いた。

その生徒は「教育勅語があったから15年戦争がやれた」と書きだしていた。

満州事変(1931年)は教育勅語公布時に6歳だった子どもが47歳になった時に起きた。「彼は勅語公布の1890年に着目した。まっさらな状態で勅語に触れた子どもが社会のリーダーとなるような年齢になるのに何年必要かを考えた。生徒は少しの知的刺激で大人が想像する以上の高い思考を発揮するのだとあらためて思いました」

実教出版の高校日本史教科書の使用を希望しないよう、県教委が高校側に介入したのは昨年7月。国旗掲揚、国歌斉唱について「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」と記述していることを問題視した。

公立高校の教科書採択で、教育委員会が特定の教科書を名指しし、介入する事例は戦後の教育の歴史で前例がないという。

「実教出版の記述は事実だし、検定も通っている。教委は教師に『考えの押し付けをしないように』と指導すれば済む話だった。生徒は議論を通じてさまざまな考え方があることを学ぶんです」

最も心配するのは、校長や教諭の自主規制だ。教委の働き掛けがないのに自ら希望を自粛するケースは全国で広がっているという。

教員を対象にした講演会や研究会で高嶋さんは「政治的な介入を受けても、授業の中身を決める権限は個々の教師にある。個々の教師さえしっかりとしていれば教育は不敗だ。不敗の信念を持っていいんだ」と話しているという。

「生徒はしっかりと、そういう教師の姿勢を見ています」

念を押すように付け加えた。

◇◇◇

高嶋伸欣 (たかしま・のぶよし) 1942年生まれ。歴史研究者。琉球大名誉教授。93年、横浜地裁で教科書訴訟を起こすなど一貫して教科書問題に携わっている。

◇◇◇

◆ 「教育再生」を掲げる安倍政権の動き 戦前の国家主義教育の反省に立って教育が政治の影響を受けないようつくられた教育委員会制度の見直しや、過去に何度も議論となりながら見送られてきた道徳の教科化を打ち出している。また、第1次安倍政権時に全面改正し、愛国心条項が盛り込まれた教育基本法の趣旨をより徹底した教科書になるよう検定基準の見直しを進めている。

◇◇◇

国旗・国歌法についての記述を県教委が問題視した実教出版の「高校日本史A・B」の使用を希望していたのは28校あった。県教委が校長に再考を促した結果、全校が取り下げ、他社の教科書に変更申請した。

実教の歴史教科書は横浜市でも問題視された。市教科書取扱審議会は2012年、市立高校9校のうち4校が使用を希望したのを覆し、別の教科書に変更して答申。市教委は答申通り、他社の教科書を採択した。市教委によると、教科書採択で高校側の希望を覆したのは初めてのことだった。

同市は全市立中学校で「新しい歴史教科書をつくる会」系の歴史教科書を使っている。実教の教科書はつくる会系の教科書について「日本の侵略加害の事実を記述する教科書を『自虐的』と非難する立場の人々が執筆した教科書があらわれたことなどに対して、アジア諸国からも強い批判が起こった」「この教科書の採択をめぐって各地で大きな市民運動が起こった」などと記述しており、審議会では「嫌な思いを抱く生徒もいるのではないか」と意見が出た。市教委によると、13年は報告書の提出段階で実教の日本史教科書を希望する高校は1校もなかったという。

この教科書は都教委も問題視し、他社の教科書を選ぶよう介入。昨年5月、自民党は教科書出版会社の3社の社長らから編集方針の聞き取りを行い、翌6月に都教委は「(実教の日本史教科書の)使用は適切ではない」と各学校に通知した。

採択への介入以外でも、都や横浜市の副読本で記載されていた関東大震災での朝鮮人虐殺について議会などからの意見を受け、「虐殺」が「殺害」に変えられた。また、漫画「はだしのゲン」の閲覧制限問題が松江市教委で発覚した後も、教育現場からの撤去を求める動きが各地で続いている。

【神奈川新聞】


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