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刻む2013(6) 相次ぐ踏切事故-交通弱者に寄り添う社会の実現を

社会 神奈川新聞  2013年12月28日 11:21

斉藤庄一さんの遺影の前で手を合わせる登志子さん(右)と正さん=横浜市
斉藤庄一さんの遺影の前で手を合わせる登志子さん(右)と正さん=横浜市

お年寄りが安心して暮らせる町にしてほしい-。横浜市鶴見区のJR生見尾(うみお)踏切で8月23日夕、斉藤庄一さん=当時(88)=が電車にはねられて亡くなってから、4カ月がたった。遺族は深い悲しみを抱えながら、庄一さんの“生きた証し”として、交通弱者に寄り添う社会の実現を願っている。

■「せめて事故がなくなれば」-斉藤さん遺族

「たまには、一緒に行くよ」。妻の登志子さんが買い物に出掛けると伝えると、庄一さんは珍しくそう応じた。

年齢を重ね、歩く速度が遅くなっていた庄一さん。2年ほど前からデイサービスに通い始めるまでは、朝食後に夫婦そろって散歩に行くことが30年ほど続く日課だった。「元気なときの記憶から『歩ける』という思いがあったのでは」。次男の正さんが、庄一さんの思いを推し量る。

雨が降っていた。踏切は遮断機が上がると、人も車も自転車も一斉に渡り始める。傘を差していた庄一さんと登志子さんは、往来を妨げないように左端を一列になって歩を進めた。踏切内は路面がうねり、両側から中央に向かって上り坂になっている。傘を片手に杖(つえ)を突いていた庄一さんは、登志子さんよりも歩みが遅かった。

登志子さんがはっきりと覚えているのは、ごう音とともに踏切内に飛び込んでくる電車、駆け寄ってくる人々の驚いた表情、そしてあふれ出る涙…。長年連れ添った夫を目の前で亡くしたショックから、事故当時の記憶はあいまいだ。

「物静かな人だった。他人の悪口を言っているのを聞いたことがない」。登志子さんは庄一さんを思い、「最期は傷のない、きれいな顔のままだった。せめてもの救いです」。正さんは「父が突然いなくなり、寂しい」と声を落とす。

庄一さんの事故から約1カ月後の10月1日昼、横浜市緑区のJR川和踏切で、男性を助けた女性が電車にひかれて亡くなった。事故を知った登志子さんと正さんは連日、この踏切に足を運び、菊の花を手向けた。

やりきれない-。女性の遺族の言葉の端々ににじむ思いが、身をもって分かる。「男性が踏切内にいなければ、娘は亡くならなかった」とは決して口にせず、「男性が助かってくれて良かった」と話す女性の父親に共鳴した。

もしバリアフリー化された跨線(こせん)橋があれば、庄一さんは助かったかもしれない。そんな思いを抱えながら生き続けるのは、あまりに辛すぎる。誰かに怒りをぶつけるのではなく、愛する家族の死を受け入れ、前に進むしかない-。登志子さんと正さんの思いだ。

庄一さんが亡くなった生見尾踏切は、長く危険性が指摘されてきた。事故後、登志子さんは一人で横断することはなくなった。だが登志子さんと正さんはともに、抜本的な対策を講じてこなかったJRや横浜市を批判することはない。ただ、一つのことだけを切に願い、言葉を重ねる。

「大切な、掛け替えのない命を失った。無駄には、決してしないでほしい。せめて踏切事故がなくなれば、本人もきっと喜んでくれるはずです」

■進まぬ対策、「実態把握を」

「開かずの踏切」など問題を抱えた踏切の改善は、遅々として進んでいない。

2005年に東武伊勢崎線竹ノ塚駅(東京都足立区)の踏切で4人が死傷した事故を受け、国土交通省は07年、全国約3万6千カ所を対象に「踏切交通実態総点検」を実施。このうち1428カ所を「抜本対策の検討が必要な踏切」に指定した。事故が起きた生見尾と川和の両踏切も緊急対策リストに含まれていた。

だが、線路を高架化したり踏切自体を取り除いたりすることで問題を抜本的に解消できたのは、12年度末時点でわずか9%の130カ所。国交省道路局は「踏切がある自治体と鉄道事業者との調整や予算確保の問題などがあり、すぐには取り組めない」と話す。

そもそも07年以降、新たな実態調査は行われず、リストも改定されていない。

竹ノ塚駅の踏切事故で母親を亡くし、全国の踏切事故の遺族でつくる「紡ぎの会」の加山圭子代表(58)=横浜市神奈川区=は「高齢化が進む中、踏切近くに福祉施設ができている場合もあり得る」と再調査の必要性を指摘。「まちづくりの中で、踏切の危険性についても協議が必要になる。実態把握に力を入れてほしい」と訴える。

だが、遺族や被害者の願いと、国や鉄道事業者の対応は隔たりが大きい。

「事故が起きた踏切は、その都度把握している」とする国交省道路局は、「踏切対策は時間も費用も掛かる。(07年作成の)現在のリスト分について対策を取り、新たに調査する予定はない」と説明する。

12年度に鉄道事業者から国交省に報告された踏切事故294件のうち、再発防止策に言及したのはわずか4%の12件。国交省鉄道局は「原因の多くは、通行者の直前横断や、自ら電車に衝突すること」と説明、「事業者には啓発活動以外に具体策がない」と話す。

加山さんは「人命が失われても注意喚起のチラシ配布で終わりがち。再発防止策を講じていないのと変わらない」と、国交省と事業者の姿勢を批判している。

【記者の視点】モラル任せにするな-報道部・蓮見朱加

鉄の塊が街中を時速100キロ近くで駆け抜け、人との間を遮るものは細い棒しかない-。日常生活の中で、踏切がごく当たり前に受け入れられてきた価値観自体が異常だと、取材を通じて実感した。

国土交通省などによると、東京23区内の踏切数は629カ所、横浜市内でも168カ所に上る。ロンドン(13カ所)、パリ(15カ所)、ソウル(16カ所)など世界の主要都市と比べて圧倒的な多さだ。

だが、事故が起きても、再発防止策に触れる報告書はわずか。「多くは利用者のモラルの問題。事業者側には記載する内容がない」とは同省担当者の弁だ。

たしかに、遮断機を押し上げて自ら踏切内に入り込む人もいる。しかし、モラル任せで、交通弱者を置き去りにした安全対策が、斉藤庄一さんの命を奪ったのではないか。憤りを感じずにはいられない。

「モラルを守れば避けられた」との空気が社会を覆い、遺族は安全対策に疑問を持つことさえためらわれる。「身内も悪かったのではないか。遺族はそんな思いを抱え、なかなか声を上げることができない」。遺族会代表の加山圭子さんの言葉が心に残る。

安全確保とはつまり、人命保護。利用者のモラル任せでいいはずがない。求められているのは、踏切が街中に存在する“常識”を疑い、命を最優先に考える社会への転換ではないか。

【神奈川新聞】


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