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~関東大震災90年~ 元禄の教訓(1)
未曽有に学ぶ〈15〉津波(上)◆房総に色濃い「記憶」

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神奈川新聞  2005年11月27日公開  

周囲の木造住宅を見下ろすように存在する津波避難丘(手前右)=鴨川市前原
周囲の木造住宅を見下ろすように存在する津波避難丘(手前右)=鴨川市前原

「『妙清信女』という戒名がなぜか2人に使われている。『妙仙信女』も2カ所に刻まれている。本来、同じ戒名を別々の人に付けることはしないのだが…」

豊かな漁場に囲まれ、古代より安房国として栄えた房総半島南部の千葉県鴨川市。海から1キロ足らずの中心部に立つ観音寺で、住職森谷義眞(33)が目を凝らした。「あまりに多くの人がいちどきに亡くなってしまい、同じ戒名を使わざるを得なかったのかもしれない」

視線の先には、角や側面が腐食し、表面の漆がすっかりはげた「元禄地震津波殉難精霊供養位牌(いはい)」があった。

この位牌には、江戸時代の元禄16(1703)年11月23日(新暦12月31日)未明に発生した元禄関東地震の津波で命を奪われた人々の名が彫られている。台座を含め高さは59・6センチ、幅35・8センチ。「大位牌」とも呼ばれ、寺周辺の馬場集落で犠牲になった145人を供養するために作られたものだ。

戒名の「信女」は大人の女性を表す。「信士」であれば男性。「童子」や「童女」は男の子や女の子を意味する。森谷は位牌をこう読み解く。「8割近い112人が女性と子ども。真夜中の地震だったから、弱い立場の人ほど逃げ遅れたのではないか」

寺からは、歴史上の地震を記録した史料や墓碑は元禄当時のものしか見つかっていない。「それだけ元禄の地震がこの地域にもたらした被害が大きかったということなのだろう」。森谷はいま、防災学習の一環で訪れる小学生に、郷土史に深く刻まれた災禍の教訓を語り継いでいる。

この集落の近くでは、奇跡的に命をつないだ人がいたとも伝えられている。逃げ込んだのは、周囲よりわずかに高い砂山を利用して人工的に築かれた小さな丘だった。

鴨川市郷土資料館副主査の高橋誠(38)が言う。「そこは当時、『塚』と呼ばれていた。元禄地震の100年ほど前の1604年に起きた慶長地震の津波で砂山が流されたのを教訓に、盛り土をして再来に備えていたようだ」

いまもその場所は「津波避難丘」として残り、いち早く高台に逃れる大切さを伝える場となっている。標高10メートルほどで周囲のホテルなどより低く、スペースも狭いため、避難場所に指定されてはいないが、東日本大震災の時は津波を警戒した近くの住民らが一時的に身を寄せたという。

江戸時代と現代を結ぶエピソードに、高橋は意識を新たにする。「この地域には避難できる場所が少なく、東日本大震災で東北を襲ったような巨大津波が押し寄せてきたら、助かるのは正直難しい。でも史料を見る限り、そこまでの津波は過去になく、元禄を超えるものはなかったようだ。そのこともまた、しっかりと継承していかなければ」

東京湾に面する館山市でも、元禄の教訓を生かす動きが広がる。

市心部の路地に、往来を妨げるように生えた高さ8メートル、根元回り6・6メートルのサイカチの木。樹齢千年以上とされる老木だが、元禄関東地震のときに人々がよじ登り、津波から逃れたとの言い伝えがある。押し寄せた津波の高さは5・6メートル前後と推定されている。

「道路拡張などでサイカチが伐採される危機は過去に3回あったが、それでも守られてきた」。2010年12月に産声を上げた「サイカチの木を守る会」の斉藤陽子(67)は思いを強める。「先人の遺産を私たちが大切に守り続けていかなければ」

発足記念の見学会を開いたのは11年3月13日。折しも2日前に東日本大震災が起き、津波の恐怖をまざまざと見せつけられた人々がサイカチの逸話に熱心に耳を傾けた。

その後も地道な活動を重ね、「かつては、なぜ切られないのかと道行く人たちから不思議に思われていたが、徐々に保存や見直しの機運が高まってきた」と斉藤は肌で感じている。存在をさらに知らしめたいと、市に文化財とするよう働きかけてもいる。

元禄関東地震の被災地全体の死者数は1万300人余り。このうち房総の死者は6500人と過半を占めていた。

「再勝(さいかち)そして、災勝(さいかち)の木として大事にされています」。震災後にサイカチの木を守る会が付けた説明板の結びの言葉には、過去の災禍に学び備えよというメッセージが込められている。 =敬称略

死者・不明者が10万5千を超えた1923年9月の関東大震災の220年前にも、マグニチュード(M)8を超える巨大地震が起きていた。江戸や安房、鎌倉、小田原などを襲った元禄関東地震。時代背景は大きく異なるが、震災時と同様に激しい揺れと火災、津波の被害が各地を襲い、人々を苦しめた。この地震こそが「最大級」だった。

【神奈川新聞】


津波から人々を救ったとされるサイカチの木=館山市北条
津波から人々を救ったとされるサイカチの木=館山市北条

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