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【連載】最速王者~「怪物」井上の強さ(1)余裕:豊富な経験が裏打ち

スポーツ 神奈川新聞  2013年11月23日 07:00

日本選手最速で王者になった井上。その拳は計り知れない可能性を秘めている=6日夜、東京・大田区総合体育館
日本選手最速で王者になった井上。その拳は計り知れない可能性を秘めている=6日夜、東京・大田区総合体育館

 「評価はボクサー人生が終わった時点でつくものだけど、歴代ナンバーワンなんじゃないか」。大橋ジムの会長である大橋秀行(49)の興奮は、一夜明けても収まってはいなかった。

 自ら世界を獲(と)り、井上尚弥を含めて4人の世界王者を育てている。現役時代には「150年に一人のボクサー」と評された。あまたの才能を見てきたはずの名伯楽は、それでもこう続けた。

 「ボクサーとして必要なものを全て持っている。本当にすごいよ」。2014年4月6日夜。日本ボクシング界の歴史が動いた一戦は、確かにすごかった。

 「打たせずに打つ」。井上は中盤以降、父真吾(42)に幼いころから仕込まれた、そんな理想を捨てていた。左太ももがつったのは3回の終盤だった。足が止まり、4度防衛しているエルナンデス(メキシコ)が得意とする接近戦に持ち込まれた。ただ井上は逃げない。真正面から打ち合った。

 王者をリングに沈めたのは強烈な右。「楽しかった。殴り合っている時間はやっぱりボクシングだなと」。新王者は傷一つない顔で笑った。一方、エルナンデスの傷は深かった。「左フックが効いた。非常にタフな試合だった。井上は偉大なチャンピオンだと思う」。左まぶたに裂傷を負い、あざだらけだった。

 ただ、ベルトを失った前王者の言葉は、井上の力を語る上では少し足りなかった。代名詞のようにたたえられた左フックだけではない。天性のスピードと距離感、そしてスタイルを転じても渡り合える懐の深さ-。

 「二十歳であれだけのボクシングができるのはすごい」。怪物を目の当たりにした世界ボクシング協会(WBA)スーパーフェザー級王者の内山高志(ワタナベ)はこう舌を巻いた。
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 何度も対戦した者にしか分からない強さもある。井上のプロテストで拳を合わせ、現在もスパーリングの相手として、大橋ジムを訪れる黒田雅之(川崎新田)。彼はその強さを一言で「余裕」と説明する。

 「相手をしっかり見ているし、連打で崩そうとしても逆にカウンターを合わせてくる。子どものころから、ボクシングをやっているから日常の動作のように(拳が)出てくる」。黒田は、幼くして実戦を重ねてきたからこそ得られた「余裕」に強さを見ている。

 始めたのは小学1年のころ。01年に横浜で「全国ちびっ子ボクシング大会」が初開催されるなどジュニア、キッズ世代の大会が相次いで設立された時期と、井上の成長は重なっている。

 井上は小学6年でキッズ大会に初めて挑戦すると、中学3年になった08年には、全国の15歳以下の男子で争われる1回目の大会で優秀選手賞を獲得した。

 「ジュニア世代から経験を積んだからこそ今がある。その影響は大きい」。日本プロボクシング協会の会長も務める大橋はそう話す。瞬く間に頂点に駆け上がったように見える怪物は、一朝一夕に誕生したわけではなかった。

 日本選手最速でボクシングの世界王者に就いた井上尚弥。デビューからわずか6戦目でベルトを奪った20歳は、それでもなお「スタートライン」と言う。拳闘界の期待を背負う「怪物」の強さはどこにあるのか。その源泉に迫る。=敬称略


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