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映画「ハンナ・アーレント」の衝撃、ナチス戦犯は“怪物”ではなかった

社会 神奈川新聞  2013年10月06日 10:09

試写会で見た「ハンナ・アーレント」に強い衝撃を受けた。1960年代、ナチス戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判リポートで世界の注目を集めたドイツ出身の高名なユダヤ人哲学者ハンナ・アーレント。彼女はアイヒマンは“怪物”ではなく、陳腐な小役人で「ごく普通に生きていると思っている凡庸な一般人によってユダヤ人虐殺は引き起こされた」と指摘した。「戦争と人間」「悪とは何か」を、これほど深い思索で掘り下げた映画があっただろうか。一方、日本の映画は「悪=軍部、国民=被害者」の類型から抜け出せない。映画を介して彼我の違いを考える。

アイヒマンは決して怪物でも変質者でもなく、凡庸な男だった。そして人間と非人間とを区別する特質である「思考すること」を放棄した…。アーレントは「恐るべき悪の凡庸さ、陳腐さ」と表した。

アーレントが世に問うたリポート「イェルサレムのアイヒマン」は、アイヒマンを「特異な存在」として切り捨てたい“普通の市民”の良識を逆なでした。「ナチスを擁護するのか」。中傷・脅迫の手紙が山を成し、友人たちは去り、大学当局からも激しい非難を浴びた。

が、彼女は説を曲げない。映画の終幕、魂の最終講義が始まる-。

「ハンナ・アーレント、あるいは政治的思考の場所」の著書をもつフェリス女学院大・矢野久美子教授(思想史、ドイツ政治文化論)は、アーレントをこう位置付ける。

「60年代後半、燃え盛るドイツの学生運動のなかで、ナチス時代の“普通の人々”の責任、つまり自分たちの親や祖父母の世代は何をしたのかという、それまでにない問い掛けとともに、若者たちが『イェルサレムのアイヒマン』を手に取りました」

第2次大戦終結後から現在に至るまで、戦争責任を国家の重要なテーマとして位置付けてきたドイツ。一方、それをあいまいに処理し、忘れかけている日本では、負の歴史を隠蔽、改ざんしようとする勢いが増している。

戦後の一時期、わが国でも「きけ、わだつみの声」「真空地帯」「二十四の瞳」など優れた反戦映画が作られている。が、ほとんどが被害者としての告発にとどまった。

それも昔。今や、戦争と人間を掘り下げた邦画は、ほとんど作られない。たまに登場すると「男たちの大和/YAMATO」「聯合艦隊司令長官山本五十六 太平洋戦争70年目の真実」など、スケールを売りにするエンターテインメント。思考の深さは「ハンナ・アーレント」に遠く及ばない。公開中のアニメ「風立ちぬ」は、戦争責任の問題を完璧に封印した。

ドイツは「ハンナ・アーレント」以前も、秀作を生んでいる。最近では「ヒトラー 最期の12日間」「ゾフィー・ショル-最期の日々」「9日目~ヒトラーに捧げる祈り」…。

矢野教授は「『過去は終わっていない』という考え方が底流にあります。その上で、国家として建前でなく、実際に多民族・多元文化共生社会を目指すという方向性を大統領自ら明確にしています」。

戦争と人間を問い続け、考えを深化させてきた国民と、思考停止状態の国。

戦争を体験した世代の日本人には「命令には絶対服従だった。抵抗しなかったことを批判するのは、あの時代を知らないからだ」との反論が根強い。

映画「ハンナ・アーレント」によると、アイヒマンも法廷で「命令に従うことは義務だった。私はそれを果たしただけ」と弁明した。アーレントは言う。「アイヒマンの頭には、自分の業務がもたらす結果を想像するなどは全くなかった。悪の無思考性。それが世界を廃墟にする」。だから「考えよう。そのことで、人間は強くなれる」と。

とはいえ、人間は弱い。誰もがレジスタンスの闘士や英雄になれるわけではない。「でも」と矢野教授は言う。「人間性を踏みにじる行為に積極的な協力はしない、その歯車にはならない、密告者にならないといった抵抗もある、とアーレントは説いています」

取材を終えての帰途。映画「少年H」で水谷豊さん扮する父が、息子に諭すせりふを思い出した。「(戦時下の出来事を)自分の目でしっかり見て、自分の頭で考えるんや。戦争はいつか終わる。その時、恥ずかしい人間になっとったらあかんよ」

「少年H」が、意外にも「ハンナ・アーレント」につながった。

●映画「ハンナ・アーレント」

ドイツ・ルクセンブルク・フランス合作、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督作品。26日から東京・神田の岩波ホールで上映。公開を記念した矢野久美子教授の講演会「ハンナ・アーレントの思想」が25日午後7時から東京・新宿の朝日カルチャーセンターで開かれる。一般3570円。詳細は同センター電話03(3344)1945。

【神奈川新聞】


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