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ヘイトスピーチ考
時代の正体〈413〉条例はなぜ必要か(上) 差別と向き合う姿勢こそ

時代の正体 神奈川新聞  2016年11月12日 11:00

専門部会のヒアリングに招かれた師岡弁護士(左)と榎教授=10月19日、川崎市川崎区
専門部会のヒアリングに招かれた師岡弁護士(左)と榎教授=10月19日、川崎市川崎区

【時代の正体取材班=石橋 学】川崎市のヘイトスピーチ(差別扇動表現)対策について審議している市人権施策推進協議会(会長・阿部浩己神奈川大法科大学院教授)の議論が大詰めを迎える。福田紀彦市長へ年末に提出する報告書づくりに向け16日、最後の会合を持つ。これに先立ち、協議会の専門部会「多文化共生社会推進指針に関する部会」は法律の専門家を招き、ヒアリングを行った。ヘイトスピーチの事前規制を巡る推進派、慎重派双方の意見から浮かび上がるのは、差別の現実と向き合い、なくす側に立っているか否かの差だった。

 控えめな物言いながら師岡康子弁護士は決定的な違いを指摘した。「具体的な被害が実際に出ている。憲法学の方とはその認識が違うのかなと思う」

 差別目的が明白な場合、自治体は公共施設の利用申請を不許可にできるか。差別と迫害を公然とあおるヘイトスピーチによる人権侵害を防ぐためのガイドラインの必要性を巡る議論だった。見解を求められた榎透専修大教授は憲法学の立場から慎重な考えを示した。

 「個人の自己実現、民主制に寄与する観点から表現、集会の自由は重要。安易に規制すると民主主義を壊す。よほどのことでなければ規制すべきではない」

 懸念として、規制の目的は明確で事前規制という方法が必要不可欠か▽規制対象のヘイトスピーチとは何かを明示できるか▽規制の恣意(しい)的運用を防げるか-の3点を挙げた。

 師岡弁護士は「表現行為は大切なもので、恣意的運用は避けなければならないとの考えは共通している」と前置きし、国際人権法の観点から具体的に反論していく。

 人種差別撤廃条約に加入している日本はへイトスピーチを含む人種差別行為を禁止し、終了させる責務を負っている。「自治体には集会の自由を守る義務があると同時にマイノリティー(少数者)の人権を守る義務もある。表現の自由を守りつつ、例外的にヘイトスピーチは規制しなければならないというのが国際人権法の考えだ」

 それは個人の尊厳をうたう憲法13条、法の下の平等を規定する14条だけでなく、表現の自由を保障する21条の要請でもある。ヘイトスピーチは標的とされた側に恐怖と衝撃から沈黙を強い、表現の自由は侵される。むしろ、表現の自由を守るためにヘイトスピーチは規制されるべきだ。師岡弁護士はそして、規制の目的を強調した。

 「何よりマイノリティーの人格権、人間の尊厳は侵害されてはならない」

害悪の実態




 〈在日韓国・朝鮮人などが差別され排除されることのない権利は、地域社会内の生活の基盤である住居において平穏に生活し、人格を形成しつつ、自由に活動し、名誉、信用を獲得し、これを保持するのに必要となる基礎を成すものであり、人格権を享有するための前提になるものとして、強く保護されるべきである〉

 師岡弁護士が示した判例は6月2日、横浜地裁川崎支部による仮処分命令。在日コリアンが多く暮らす川崎市川崎区桜本地区を標的にヘイトデモを繰り返す男性に対し、周辺でのデモだけでなく徘徊(はいかい)までも禁じるものだった。

 そこでは「ゴキブリ朝鮮人」「出て行け」といったヘイトスピーチは憲法が保障する表現の自由の範囲外であり、人間としての存在自体を否定する人格権の侵害は回復が困難であることが示された。

 「表現そのものが心を傷つけ、命まで奪う暴力的なものだと認識されなければならない」。多くの被害当事者から話を聞いてきた師岡弁護士は、ヘイトスピーチを受け不眠や拒食、心的外傷性ストレス障害に苦しむ人たちがいると説明した。「行く先でヘイトデモがあるかどうかを確認しなければ出掛けられない。いつ差別されるか、いつ襲われるかと恐れながら生活せざるを得ない。日常生活だけではない。国籍を変えようと思った、民族名を名乗れないといった、人生そのものへの打撃を与えられている。絶望で自死を選ぶ人もいる」

 差別の扇動を放置すれば暴力を社会に蔓延(まんえん)させる。歴史をさかのぼれば関東大震災における朝鮮人虐殺があった。朝鮮学校の女子生徒は通学途中、チマ・チョゴリを切り裂かれた。最近では大阪を観光で訪れた韓国人の若者が暴力を振るわれたと報じられた。「ヘイトスピーチは人間の尊厳を傷つけ、民主主義をゆがめ、社会そのものを壊す」。そうである以上、「表現の自由を規制すれば民主主義が壊れる」という慎重派は一体何を守りたいというのだろう。師岡弁護士が挙げた事例の数々は、少数者の人権が守られてこそ平等で公正な共生社会は実現するのではないのかという、根源的な問いを投げ掛けるものでもあった。

規範の欠如




 榎教授はなおも疑問を呈した。「憲法学は規制に消極的であるという以前にヘイトスピーチとは何かという問題がある。傷ついている人がいるからただちに規制すべきという議論には乗れない」

 定義はしかし、人種差別撤廃条約や自由権規約で示されている。6月に施行されたヘイトスピーチ解消法も2条で不当な差別的言動をこう定める。日本に暮らす外国人への差別的意識を助長、誘発する目的で生命、身体、自由、名誉、財産に危害を加えることを公然と告知、または著しく侮蔑するなどし、地域社会からの排除をあおる言動-。

 規制対象を分かりやすく示せるのかという懸念に対し、師岡弁護士は「ガイドラインを作り、公的機関がヘイトスピーチと判断した具体的文言を多く示せば理解されやすくなる」という答えを示した。

 一例に挙げたのは2014年5月、大阪・門真市で市民文化会館の利用許可が取り消されたケース。申請者は人種差別団体「在日特権を許さない市民の会」の元副会長で、申請書の講演テーマ自体「他文化共生の時代、朝鮮の食糞(ふん)文化を尊重しよう」という差別的かつデマであったにもかかわらず、提出書類に形式上不備がないことから指定管理者は会館利用を認めてしまった。インターネット上で共催団体に「学校給食で、朝鮮子弟には『うんこ』を食べさせようの会」とまで記載されており、市民の抗議や市教育委員会の指導を受けた指定管理者は「公の秩序または善良な風俗を害する恐れがあると認めたとき」という不許可要件を適用し、許可を取り消した。差別を禁じる明確な基準を持たなければ、想像を絶する人権侵害に公の施設が手を貸しかねないと問題提起する事例でもあった。

 「許可すること自体がおかしい。少なくとも窓口の段階で不許可の判断がなされなければ」という師岡弁護士にしかし、榎教授は言うのだった。「確かにひどい例だが、解消法2条の定義に該当するのか。差別や排除の扇動をどこまで読み取れるのか」

 師岡弁護士は「何度も口にしたくないが、在日の人たちに糞を食わせる、在日の子どもに給食で出せと言っている。これが差別の扇動でなければ一体何が差別の扇動に当たるのか」と声を震わせ、さらに説明しなければならなかった。

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