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49年前の聖火ランナー黒田さん、夢語る「地元から五輪選手を」/伊勢原

社会 神奈川新聞  2013年09月21日 23:33

1964年の東京五輪で使った聖火トーチと委嘱状を掲げる黒田さん=伊勢原市子易
1964年の東京五輪で使った聖火トーチと委嘱状を掲げる黒田さん=伊勢原市子易

2020年五輪の東京開催決定-。その朗報を、懐かしい思い出とともに受け止めた男性がいる。49年前の東京五輪で聖火ランナーを務めた伊勢原市子易の元市職員、黒田義夫さん(68)。「わが家の家宝」という当時の聖火トーチを眺めながら、「7年後には地元から五輪選手が出てくれたら」と胸を焦がす。

1964年、伊勢原町役場(当時)の税務課に勤務していた19歳の時、「20歳未満の職員」という条件に合った黒田さんに「聖火ランナーをやらないか」との話が舞い込んだ。勤務終了後はほぼ毎日、「本番」に向け近くの野球場でランニングの練習を重ねた。

走行区間は、二宮町から大磯町までの約1・5キロ。五輪開幕直前の10月7日、日の丸が描かれた白いランニングシャツ姿で、スタート地点に立った。

「『走っている最中に聖火が消えることはない』と言われていたが、神聖な聖火が自分のところで途切れたらどうしよう」。前のランナーが見えた時は、そんな不安がよぎっていた。

聖火を受けたトーチを掲げ、白バイに先導されながらゆっくりとしたペースでスタート。緊張しながら走り始めると、沿道で幼稚園児が旗を振りながら応援してくれる声が届いてきた。いつしか不安も吹き飛び、気持ちよく完走することができた、と振り返る。

2度目の東京開催が決まった8日の早朝は、自宅でラジオに聞き入った。「7年先だけど、もう一度五輪を見られるようなら本当にうれしいね」。喜びをかみしめる一方で、2020年の五輪で再び走りたいという気持ちはないという。「一人でも多くの人に同じような素晴らしい体験を味わってほしい」。次世代の活躍に期待を膨らませる。

東日本大震災からの復興を開催意義に掲げた東京五輪。伊勢原市の消防長を歴任した経験もあり、被災地への思いはひとしおだ。

「震災では世界中の人たちにお世話になった。20年は、被災地が復興したことを世界に示してお礼をするチャンス」。先端に焼けた跡の残るトーチを手に、相好を崩した。

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東京五輪の聖火ランナーとして二宮-大磯間を走った黒田さん(右)=伊勢原市提供
東京五輪の聖火ランナーとして二宮-大磯間を走った黒田さん(右)=伊勢原市提供

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