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安倍政治を考える
時代の正体〈655〉白井聡さんが語る「国体」からみえるもの-(上)

時代の正体 神奈川新聞  2018年12月06日 11:05

しらい・さとし 政治学者、京都精華大専任講師。一橋大大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。「永続敗戦論」(太田出版)で石橋湛山賞、角川財団学芸賞受賞。近著に「国体論-菊と星条旗」(集英社新書)ほか。
しらい・さとし 政治学者、京都精華大専任講師。一橋大大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。「永続敗戦論」(太田出版)で石橋湛山賞、角川財団学芸賞受賞。近著に「国体論-菊と星条旗」(集英社新書)ほか。

【時代の正体取材班=田崎 基】気鋭の政治学者は危機感を募らせていた。この国はどこへゆくのか。その考察は「国体論」へと向かっていった。「明治維新から敗戦」「敗戦から現代」。この双方の時間量が2022年に等しくなる。歴史と現代をひもとくことで国体としての「天皇」と「米国」の存在がまざまざと浮かび上がる。その着想と仮説、この国の行く先は-。京都精華大専任講師の白井聡さん(41)に聞いた。

「属国」否定する奇観


 5年前になる。「永続敗戦論」(太田出版)を書きながら気付くことがあった。それは、戦後日本の対米従属の本質はどこにあるのかということ。

 日本の対米従属は世界でも類を見ないような特殊性がある。従属しているにもかかわらず、その事実を否認し続けているという点だ。この特殊性とは一体どこからきているのか。

 それは戦前の天皇制に由来するという着想に行き着いた。「永続敗戦論」が出た後に、対米関係の現場に立つ多くの人と話す機会を持ち、その中でますます確信を強めていった。

 米国の政治学者からは「保護国」と呼ばれ、オーストラリアの歴史学者からは「属国」とまで言われているにもかかわらず、なぜそのことを痛切に意識しないのか。あまりに不平等な日米地位協定を改定すべきだと主張しただけで、なぜ「左翼だ(愛国心が足りない)」という罵声を自称ナショナリストたちから浴びせられるのか。

 こうした奇観の由来を捉えるためには、明治維新までさかのぼり、近代天皇制、つまり「国体」の概念から考えなければいけないのではないか。明治初期から現在までを「国体の歴史」として一貫した視座で捉えることで、いま私たちがどういう局面に立っているのかが見えてくるはずだと考えた。

フルモデルチェンジ


 着想という観点に関して言えば、この考え方はいわゆる「戦前と戦後の連続・断絶問題」に対するアプローチでもある。

 常識的な見方として、近現代の日本の歴史は1945年を一つの折り返し地点として認識されている。つまり「断絶」が存在すると思われている。

 一方、連続しているものもたくさんあるという意味で「連続説」も有力ではある。福祉国家の形成や、産業の国家統制のあり方は戦時期に形作られたという見方は連続説を相対化する。

 戦前の国家主義のようなものから戦後の日本は脱却できたのだろうか、という重要な問いもある。ファシズムに至ってしまった国のあり方から本当の意味で脱却できているのだろうかという批判は戦後日本に常につきまとってきた。

 しかし、断絶説も連続説も、そのままでは通用しない。完全に切れているわけではないが、何も変わらずに連続しているかと言えばそれも違う。「両方の側面がある」という解釈は単なる折衷であって、有意な歴史像を与えてくれない。

 私は、一貫した歴史像を得るために「フルモデルチェンジした」と捉えると適切なのではないかと考える。つまり、フルモデルチェンジを経て続いてきたのが「国体」だということ。

 「連続」と「断絶」の双方を一貫した歴史像として描き出すためには、日本近代史を「戦前の国体」と「戦後の国体」について、それぞれの形成・発展・崩壊の過程を見なければならない。この観点から「国体論」(集英社新書)を書き始めた。


「国体論」について語る白井聡さん
「国体論」について語る白井聡さん

権威と権力の分離


 天皇制論を研究する中で、明らかになってきたのは、「戦後の天皇制」に米国が深く絡み合っているという点であった。政治史的な事実として、米国が天皇の権威を破壊することなく利用することで戦後の日本統治を始めたことは広く認識されているところだ。

 しかしこのことにとどまらず、「米国なるもの」がきわめて深い次元で戦後の天皇制に絡みついているということに気付かされた。

 日本国や日本国民の根底に関わる形で「米国なるもの」が絡みついている。ここに「戦後の国体」の本質があるのではないか、という仮説に至った。

 こうした着想と仮説を積み上げる過程で、2016年8月8日の天皇による「お言葉」が発表された。

 天皇制の長い歴史をみたとき、その基本的なシステムは「権威」と「権力」の分離にある。天皇は、政治的支配の正統性の源泉をなす権威であるものの、自ら権力を掌握し執行するということは、例外的な時代を除いてはない。

 他方で、最高実力者、例えば征夷大将軍が典型だが、その地位はあくまで朝廷によって与えられるもので、自らが権威の源泉になろうとはしてこなかった。

 世の中が平安な時代、うまく収まっている時代には、この権威と権力が良好な関係を築き、秩序を成り立たせてきた。

 ところが歴史上、権威と権力の関係が悪化し、場合によっては闘争状態になる時代が何度か観察できる。権威と権力の間に齟齬(そご)が生じ、それが戦争の引き金にさえなった。そのような時代は平らかではなく、国難の時代であった。

国民統合の喪失


 これを現代に重ね合わせてみるとどうか。

 安倍政権成立以来、天皇皇后両陛下のさまざまな言動は、政権側と厳しく対立しているように見える。それが完全に表面化したのが「お言葉」だった。発表の仕方も異例だった。いきなりNHKのニュース速報が飛び出し「お言葉が出ること」を既成事実化した。

 発表後、首相官邸側は、意をくんだ腹心を宮内庁に送り込み、報復とも思える人事を行った。お言葉で方向が決まった「生前退位」について政府側は諮問委員会を作り、日本最大の右派団体である「日本会議」と密接な関係のあるメンバーを委員にして天皇批判を言わせた。こうして権威と権力とが対立関係にあることが顕在化していった。

 発せられた言葉の内容も非常に重要な事柄を含んでいた。「象徴天皇」とは一体何を象徴するのか。それを今上天皇は強調した。いわく「国民統合の象徴」であると。統合のために全身全霊で祈ってきたのだと。なぜこの点を強調しなければならなかったのか。

 それはいま「国民の統合」が危機にあるからだろう。

 退位の意思の表明は「平成」という時代に幕を引くことを意味する。「平成」とはどのような時代であったのかといえば、「失われた30年」であった。この30年間で「国民の統合」はどんどん壊れていった。「退位」には、そのような時代をもう終わらせよう、という意味も込められているように思われる。

 天皇は「国民統合についてどうお考えですか」と国民に問うている。国民の側がそんな問いを受け止めようともしない、あるいは「どうでもいい」と思っているのだとすれば、天皇はもう必要ない。統合がなければその象徴もあり得ないからだ。そうした切羽詰まった問い掛けが発せられたのだと思う。

 国民統合の危機が進行するがままに放置され、日本がここまでおかしくなってしまっているのはなぜなのか。それは極めて不健全で特殊な対米従属によって社会が規定されているためだと私はみている。

 実はいつの間にか、日本人にとっての米国は権力であるだけでなく、精神的な権威にもなってしまっているのではないか。事実上、天皇の役割を果たしているのではないか。そうした仮説に行き着いた。


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