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横浜で創刊「新聞の父」足跡しのぶ ジョセフ・ヒコ墓前祭

話題 神奈川新聞  2018年12月04日 11:47

ジョセフ・ヒコの墓前祭に参加した小柴さんら(手前)=青山霊園
ジョセフ・ヒコの墓前祭に参加した小柴さんら(手前)=青山霊園

 国内初の民間日本語新聞を横浜で発行したジョセフ・ヒコ(日本名・浜田彦蔵、1837-97年)の墓前祭が2日、東京都港区の青山霊園で開かれ、研究者らが「新聞の父」の足跡をしのんだ。

 ヒコは兵庫県播磨町で生まれ、10代の時に乗っていた船が難破。米国船に救出され、米国の市民権を得た。その後日本に戻り、神奈川領事館の通訳などを務め、65年に横浜の外国人居留地で、「新聞誌」(後に海外新聞)を創刊したとされ、2年間で26号まで発行した。新聞が作られたヒコの居住地、現在の横浜中華街(横浜市中区)の関帝廟(びょう)通りには「日本国新聞発祥之地」の記念碑が建っている。

 墓前祭には、主催する「ジョセフ彦記念会」のメンバーら17人が参列。会長の小柴俊雄さん(85)=同区=は「初の日刊紙も横浜で生まれた。こうした歴史を語り継いでいきたい」と話した。

 同記念会の会員で、65年と表記された新聞誌の第一号を発見した羽島知之さん(83)=東京都目黒区=も、自ら主宰する「新聞資料研究会」の有志とともに出席。「伝えたいという熱い思いを持った故人の業績を、若い人にも知ってもらえれば」と手を合わせた。


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