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小さな新人王・東克樹(1)「プロは無理」言われ続けた

ベイスターズ 神奈川新聞  2018年12月02日 02:00

最優秀新人賞の記者会見で笑顔の東=都内
最優秀新人賞の記者会見で笑顔の東=都内

 名プレーヤーの証しであるレッドカーペットの感触をかみしめて、ゆっくりと歩を進めた。27日に、都内のホテルで行われたプロ野球のNPBアワーズの表彰式。新人王に選ばれたベイスターズの左腕、東克樹(22)は、トロフィーを手に「大変素晴らしい賞で光栄に思います」と声を弾ませた。

 さらに続けた。「東はこの1年で終わった、と言われないように。存在を忘れられないよう頑張りたい」。茶目っ気たっぷりに抱負を語り、華やかな会場を笑いの場に変えた。

 294分の290票。得票率99%。ほぼ満票で手にした初タイトル。「2桁勝利」とともに、プロ入団時に掲げた誓いを現実に変えてみせたが、「どうせ無理だろうと思っていたんです。だから現実になって一番びっくりしているのは自分」と明かした。ただ、そんな言動とは裏腹に、プレーはやはり一級品だった。

 最速152キロの直球とチェンジアップ。抜群の制球力とピンチに動じない精神力を武器に、監督推薦でオールスターにも出場した。積み上げた勝ち星は11。しかし他球団に与えたインパクトはそれ以上だろう。

 巨人菅野、阪神メッセンジャー、楽天岸…。各球団のエース級と互角に投げ合う姿は、今季ふがいなかった先発投手陣の中で一筋の光明だった。

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 プロ初勝利から順調に勝ち星を伸ばしていた5月のこと。「おまえは考えながら野球をやっているな」。主将筒香の一言がルーキーの背中を押し、優勝を目指すベイスターズの一員である喜びを感じさせてくれたという。マウンド上で「打者が何を狙っているか」を常にイメージしながら投げてきた姿を、左翼から感じ取ってくれていたことがうれしかった。

 酷暑だった夏も乗り切り、ただ一人先発ローテーションを守り抜いた。大学時代、けがで泣いた時期があったからこそ、晴れの舞台で実感を込めた。「1年目から大きなけがなく投げ続けられたことが自信になった。小さい身長(体)でも長くプロの世界で生きていけるようになりたい」。背番号11の宣言は高らかだった。

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 4月5日、横浜スタジアムでの阪神戦。東の父直史(50)、母由紀(50)は三重県四日市市から駆け付け、長男のプロ初登板をスタンドから見守った。投げ合う相手はメッセンジャー。「ボコボコにやられるかなって心配していました」と、直史は本人以上に緊張しながらこの夜を迎えていた。

 そんな心配をよそに、東は7回1失点の上々デビューを飾った。プロ初黒星を喫したとはいえ、「即戦力左腕」の評価にたがわぬ投球。2万8312人が詰め掛けた超満員のスタンドは沸き、由紀は胸を熱くしていた。「大観衆に名前を呼んでもらえてありがたいなって。ファンあっての選手やなって思いました」

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 「まさか1年目でここまでやってくれるとは想像できなかったなぁ」。そう本音を漏らすのは、イチロー(マリナーズ)や工藤公康(ソフトバンク監督)ら、数々のスター選手を輩出してきた愛工大名電の監督・倉野光生(60)だ。

 巨人キラーとして5勝0敗。ピンチを迎えても、坂本勇、岡本ら強打者の懐を直球でえぐる姿が頼もしかった。「誰でも物おじしないで真っ向勝負。あれこそ東の本来の姿だったよ」

 高校時代、東の直球は140キロに届かなかった。入学当時、5人ほどいた同級生投手と比べても、体の小さい東は目立たず、将来性がある投手は他に何人もいた。「でもね」と、倉野は言葉を紡ぐ。

 「一流になった選手は自分の欠点を見せずに練習で補っていた。イチローはスタミナがなくて体が細かったけど、しなやかさを身に付けた。制球難だった工藤はコントロールとカーブを磨いた。東も体の小ささを克服したんだ」

 2013年、チームを夏の甲子園に導いた170センチのエースは、その5年後、数々の大先輩が成し遂げられなかった愛工大名電初の「新人王」にまで上り詰めた。

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 同世代の投手で、頭一つ抜け出した存在となった東は言う。「ずっと、背が低いからプロは無理と周囲に言われ続けてきたんです」。小学3年から投手一本。グラウンドで一番高いマウンドで仁王立ちした。

 「体が小さい分、絶対下に見られた。だから自分が投げて、相手をギャフンと言わせたかった」。その一心で、全身を使ったダイナミックなフォームをつくり上げたのだった。

 今年2月の春季キャンプのことだ。先輩投手陣が黙々とブルペンで100球超を投げ込む中、一人マイペースを貫いた。多くても70球前後。球数を重ねて肩をつくる従来型の練習からは、ほど遠かった。

 「自分の体は自分が一番分かっている。それに肩、肘は消耗品なんで」。開幕が迫っても焦る様子はなかった。ルーキーらしからぬ言動と行動力には、己を知り尽くした確たる自信と、過去の経験から学んだ教訓という裏付けがあった。

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 ベイスターズのルーキー東克樹が、球団史上8人目のセ・リーグ新人王に輝いた。東海地方で生まれ育った小さな野球少年は、どのように自らの投球スタイルを築いてきたのか。その軌跡をたどる。

=敬称略

 あずま・かつき 三重県四日市市出身。小学1年で「三重クラブ野球少年団」で野球を始め、中学時代は硬式の「四日市トップエースボーイズ」でプレー。3年時に野茂英雄氏が総監督の「NOMOジャパン」に選出された。愛知・愛工大名電高では甲子園に3度出場。立命大では3年春からエースを務め、関西学生リーグで史上初の2度の無安打無得点試合を達成した。2017年ドラフト1位でベイスターズ入団。今季は24試合、154回を投げてリーグ4位の11勝(5敗)、同2位の防御率2.45、同3位の155奪三振。170センチ、76キロ。左投げ左打ち。背番号11。22歳。

東の言葉


「あっという間」
「シーズン143試合、長いだろうなと思って始まったら、あっという間に終わった。プロの1年の早さが身に染みました」(27日、NPBアワーズ表彰式で)

(2)「投手のほかに何が面白いんや」
(3)独り立ち「名電に行くわ」
(4)「影武者」が得た財産
(5)反省、研究、そして修正
(6)離脱、変わった意識
(7)「もっと成長できる」


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