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海遍路を追って(3)自然と人間を絶つ開発

社会 神奈川新聞  2018年11月19日 10:24

遠くに諫早湾の巨大な潮受け堤防を見据え漕ぐ海遍路のメンバー=2015年5月、長崎県諫早市沖(フリーカメラマン・柏倉陽介さん撮影)
遠くに諫早湾の巨大な潮受け堤防を見据え漕ぐ海遍路のメンバー=2015年5月、長崎県諫早市沖(フリーカメラマン・柏倉陽介さん撮影)

 穏やかな海風が吹き渡る中、「海遍路」のメンバーと共に漕ぎ出した。鳥取県大山町の港を出発し、水産資源を生み出す源泉となっている標高1729メートルの大山(だいせん)を右手に見やりながら約40キロを漕ぎ、泊(とまり)漁港(同県湯梨浜町)に停泊し、翌朝、鳥取砂丘を望むべく東進を続けた。

 海遍路の中心メンバーで水産生物学者の田中克・京都大名誉教授は、山から海への恵みについて思索していた。

 重ね合わせるのは2015年5月に海遍路で訪れた九州、有明海だった。自身が提唱する「森里海連環学」を着想した地でもあった。

 広大な内海、4~6メートルという国内最大の干満差によって生まれる広大な干潟。その最奥部に九州最大の河川「筑後川」が流れ込み、多様な生態系が育まれている。ムツゴロウやハゼ、カニが泥の中から顔を出しきょろきょろと辺りを見渡す。

 かつて「至宝」といわれたこの海はいま「瀕死の海」と呼ばれる。

 有明海には筑後川を含め11の河川が注ぎ、栄養分豊富な水と土砂を海にもたらす。干潮時に堆積した土砂は、満潮時に運び去られ、そして拡散する。この悠久の営みによって有明海の豊かさは育まれてきた。

 1980年以来、30年余りにわたり有明海の生態系を研究してきた田中さんは瀕死の状態となっている理由として大きく三つを上げる。そのうちの二つが「有明海の心臓」と表する「筑後川」にあった。

■ ■ ■

 小雨が降る中、海遍路のメンバーと共に筑後川中流にある可動堰へと向かった。

 約500メートルの川幅を横切るようにして建設された「筑後大堰」が完成したのは1984年。計画当初は洪水対策だったが、下流域の福岡市、福岡県久留米市、佐賀市で人口が増え、上水需要を満たすためここから取水したのだ。当然、総流水量が減る。

 まず影響を受けたのは、産卵のために海から遡上(そじょう)する「エツ」という特産種だった。国内では筑後川流域と有明海でしか採れない。

 カタクチイワシ科で30センチ前後にまで成長し、地元では夏の風物に数えられる。このエツの漁獲高が激減した。「70年代に年間100トンあった漁獲量は、2010年には4分の1にまで減っているのです」

 こう話すのは筑後大堰からほど近い「下筑後川漁協」の理事、塚田辰己さん。エツの生態を研究し、稚魚を育て放流を続けている。

 エツの産卵域は真水と海水が混じる汽水域。筑後大堰のすぐ下流に当たる。堰の完成によって真水の水量が減ったのだ。

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