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海遍路を追って(2)欲望から逃れられるか

社会 神奈川新聞  2018年11月18日 11:10


人の「欲望」と自然環境について話す京都大名誉教授の田中克さん=5月16日、鳥取県湯梨浜町の泊漁港
人の「欲望」と自然環境について話す京都大名誉教授の田中克さん=5月16日、鳥取県湯梨浜町の泊漁港

 「水面を見てみてください。顔が映るほどに波がありませんね」

 2人乗りのカヤックの後ろに乗った京都大名誉教授の田中克(まさる)さんが、ふいに私に声をかけた。

 深緑色に染まった海面を眺める。湖のように穏やかだ。鳥取県大山町の沖。標高1729メートルの美しい山並みと、それを覆うブナ林を見詰めながら、ゆっくりとこぎ進む。パドルがかき立てるわずかな波紋が淡々と航跡を残していく。

 のぞき込むと、潮まみれで無精ひげの日焼け面が映っていた。もう3日ほど風呂に入っていない。ひげも剃っていない。

 「美しいと思っているものも、別の角度から見ると、ひどく醜いかもしれませんよ」

 普段からそう口数の多くない田中さんから突然謎かけのようなことを言われ、思わず振り返った。

 飄々(ひょうひょう)とした顔をして、ゆっくりとしたリズムでパドルを回している。真意を尋ねた。

 「私たちは自分で自分の顔を見ることはできません。今も、まともな顔をしているだろうと思ってのぞき込んだでしょう」

 笑い合い、そして田中さんは「ただ」と続けた。

 「山や海の側から、私たち人間のやっていることを見たらどれだけ醜いだろうかと考えることがあります。欲望に駆られ、量を追求し、どれだけため込んでもまだ足りないと言う。それを金(かね)に換算し、拡大しよう、成長しようと言う。豊かさや幸せの尺度をそこにしか求めない。それが『経済』の形です」

 必要なものを得るのではない。「欲しい」という欲望を満たすために手に入れ続けようとする。しかし、「欲しい」に際限はなく、その欲望はだから満たされることはない。

 「究極的には自然からの収奪によってそれは成り立っています。しかし、もう限界まできている。だからいろいろなところに歪(ひず)みが出ている。私たちはもう一度、曇りのない鏡で自分たちを見つめなければいけません」

  ■ ■ ■

 田中さんは昨年8月と10月に訪れた宮崎県北西部にある椎葉村の山中を思い返していた。

 「そこでは、数千年も昔から続く焼畑農業を守っている方がおられてね」

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