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県内から旧吉田茂邸など3カ所 国登録有形文化財に答申

社会 神奈川新聞  2018年11月17日 11:32

旧吉田茂邸七賢堂=大磯町国府本郷(大磯町教育委員会提供)
旧吉田茂邸七賢堂=大磯町国府本郷(大磯町教育委員会提供)

 国の文化審議会は16日、9件を新たに史跡に指定することなどを柴山昌彦文部科学相に答申した。県内からは、旧吉田茂邸(大磯町国府本郷)、原家住宅(平塚市)、有田家住宅(藤沢市大鋸)の3カ所9件が国登録有形文化財とするよう答申されたほか、下寺尾西方(にしかた)遺跡(茅ケ崎市下寺尾)が新たに史跡に指定するよう求められた。登録されると県内の国登録有形文化財は計129カ所255件、史跡は60件となる。

 旧吉田茂邸は▽サンルーム▽七賢堂(しちけんどう)▽兜門。原家住宅は▽主屋(しゅおく)▽茶室▽土蔵▽旧長屋門。有田家住宅は▽主屋▽土蔵。

 大磯海岸沿いにある宰相吉田茂旧邸のサンルームは、建築家の吉田五十八(いそや)氏の設計で1963(昭和38)年に完成した。細身の鉄骨材による骨組みなど現代的な材料を繊細なデザインでまとめている。明治後期建造の七賢堂は伊藤博文旧邸から移築した小堂で、丁寧な造りが際立っている。数寄屋(すきや)建築の兜門は、裏千家今日庵(こんにちあん)の兜門にならって54(昭和29)年に建てられた。

 明治中期に建てられた原家住宅の主屋は、入母屋(いりもや)造鉄板葺きの平屋建てで、県中部の伝統的な民家形式を踏襲している。寄棟造茅葺きの茶室は近代における上層農家の暮らしの一端がうかがえる。土蔵はモルタル塗りの外壁が特徴。江戸後期建造の旧長屋門は寄棟造銅板葺きの平屋建て。簡素ながらも雄大な構えとなっている。

 寄棟造桟瓦(さんがわら)葺きの有田家住宅主屋は1931(昭和6)年に建てられ、回り土間形式など近代の藤沢宿周辺の生活ぶりを伝える。土蔵は23(大正12)年に完成し、昭和初期に増築した。羽子板ボルトなど先進的な技法を取り入れ、関東大震災にも耐えた。

 下寺尾西方遺跡は、指定面積4万8022平方メートル。県西部の相模野台地にある、周囲に堀を巡らせた弥生時代の環濠(かんごう)集落跡で、当時の南関東における中心的な集落の一つとみられている。土器や石器だけでなく鉄器も出土し、弥生時代中期後半の社会を知る上で重要な遺跡と評価された。

 このほか、橘樹(たちばな)官衙(かんが)遺跡群(川崎市高津区千年)と下寺尾官衙遺跡群(茅ケ崎市下寺尾)の史跡2件が指定地の範囲を追加するよう答申された。


原家住宅主屋=平塚市
原家住宅主屋=平塚市

有田家住宅土蔵=藤沢市大鋸
有田家住宅土蔵=藤沢市大鋸

下寺尾西方遺跡の出土遺物(県提供)
下寺尾西方遺跡の出土遺物(県提供)

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