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戦争末期の秘密工廠、残るツルハシ跡 座間市が地下壕公開

社会 神奈川新聞  2018年11月15日 18:50

人力で掘られた地下工場跡
人力で掘られた地下工場跡

 座間市は15日、太平洋戦争末期に空襲を避けるために「高座海軍工廠(こうしょう)」の移設先として秘密裏に建設された地下壕(ごう)跡を報道関係者に初めて公開した。芹沢公園(同市栗原)の地下にあみだくじのような形状で素掘りされ、総延長約1・5キロに及ぶ。入り口は長年土砂でふさがれていたが、地元の戦争遺跡に関心を持ってもらおうと、外部から一部を見学できる施設整備が10月に完了した。

 高座海軍工廠は、首都防衛拠点だった厚木飛行場(大和、綾瀬市)の北側隣接地(座間市東原周辺)を買収して1943年に開設。配備された最新戦闘機「雷電」が製造され、労働力不足を補うために来日した台湾少年工ら約1万人が従事した。

 大規模な軍需工場だっただけに地下工場の建設は秘密裏に計画され、資料はほとんど残されていない。住民の証言から、戦局悪化に伴って目久尻川沿いの段丘崖に無数の地下壕が掘られ、今回整備されたのはその一つで「中丸地下壕」と呼ばれていた。終戦時まで主に部品製造が行われていたという。


照明などの電線を張った当時のがいし
照明などの電線を張った当時のがいし

 内部は高さ約3メートル、幅約3メートルの横坑が南北に設けられている。資機材は戦後持ち出され、トロッコ用のレールも朝鮮戦争時に回収された。

 今回の公開では、関東ローム層をツルハシで掘り進んだ痕跡や、電線用がいし、工作機のコンクリート製土台などが見られた。

 また、一帯の地質は約6万6千年前に噴火した箱根火山の火山灰が降り積もった軽石層が壁面に確認できる。地下壕群を建設する適地とは言えないが、本土決戦が迫る中で拡張が続いたらしい。座間市は1970年代半ば以降、子どもたちが入り込んで遊び、危険なため数カ所の入り口を土砂で覆って閉鎖した。


左側の段丘崖に掘られた壕の入り口付近
左側の段丘崖に掘られた壕の入り口付近

 今回の整備は、台湾少年工の来日75周年を契機に実施。2カ所の入り口の土砂を撤去して内部を一部ライトアップ、案内板も新設した。10月20日に公園内で開催された記念式典では、元台湾少年工約20人をはじめ関係者が見学した。

 座間市教育委員会生涯学習課は「戦争の記憶を後世に残すために見学用施設を整備した。子どもたちが戦争について考える契機になってほしい。一般公開について住民要望があることは承知しているが、崩壊箇所もあり、安全面の確保から現段階では考えていない」と話している。


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