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ドラフト 運命の日へ(8)明大・渡辺佳明(内野手) 花開いた祖父の教え

スポーツ 神奈川新聞  2018年10月25日 02:00

大学最後のゲームとなった立大戦で、通算95本目となる安打を左前に放った明大・渡辺=10月21日、神宮
大学最後のゲームとなった立大戦で、通算95本目となる安打を左前に放った明大・渡辺=10月21日、神宮

大学最後のゲームとなった立大戦で、通算95本目となる安打を左前に放った明大・渡辺=10月21日、神宮
大学最後のゲームとなった立大戦で、通算95本目となる安打を左前に放った明大・渡辺=10月21日、神宮

 「ヨシアキ」コールで沸いた今月21日の神宮球場。大学最後の試合を終えた明大・渡辺佳明は、大勢の記者に囲まれてこう語った。「まだ、やりきったとは言えなくて…」。本音だった。

 「通算100安打を打って首位打者になりたい」と決意した秋だった。春を終えて残り26本。1年からレギュラーをつかみ、2年秋に打率3位で春秋連覇に貢献した左の巧打者は、リーグの現役選手の誰よりもヒットを放ってきた。

 最終戦で1安打して通算95安打。大台には届かなかったが打率4割2分で最終週の早慶戦を残して暫定トップに立つ。

 最多131安打の高山俊(明大-阪神)ら史上32人しかいない「一流選手の証し」に限りなく近づいた4年間だった。

 「人には言えない重圧があった中、最後の最後までやってくれたんじゃないかな。努力の尊さを体現してくれたね」。神宮の内野席でラストゲームを見守った祖父の横浜高・渡辺元智前監督(73)は成長した孫の姿に目を細めていた。


祖父の渡辺前監督と練習を見学する=2004年8月15日、大阪市の舞州ベースボールスタジアム
祖父の渡辺前監督と練習を見学する=2004年8月15日、大阪市の舞州ベースボールスタジアム

ミーティングで涌井(ロッテ)らに話す渡辺前監督を見つめる=2004年8月15日、大阪市の舞州ベースボールスタジアム
ミーティングで涌井(ロッテ)らに話す渡辺前監督を見つめる=2004年8月15日、大阪市の舞州ベースボールスタジアム

 横浜高時代は1年秋から5番・一塁で定位置をつかんだが、浅間大基、高浜祐仁(いずれも日本ハム)の両スラッガーの陰に隠れ、「監督の孫だからと注目されただけで実力は全然なかった」と述懐する。入学当時は「このままじゃ、レギュラーなんて無理だぞ」と厳しく接することが続いた。「私も厳しく言ったが、佳明は反骨精神を持って真摯(しんし)に取り組んでいたね」

 大学4年間で353打席に立ち、三振数はわずか17。高山(444打席で59三振)と比べても極端に少ない。「必ずと言っていいほどバットに当てる。幼い頃から遠征に連れて行っては、遊びの中でバットを振らせてきたからね。バッティングセンターでは、券や景品をもらうために的を狙い続けて、最高のバットコントロールだった」


渡辺前監督とのトスバッティングでセンスを磨いた=2004年8月15日、大阪市の舞州ベースボールスタジアム
渡辺前監督とのトスバッティングでセンスを磨いた=2004年8月15日、大阪市の舞州ベースボールスタジアム

 前監督の次女である母・元美さんが野球部の寮母を務めていたこともあり、早くから祖父の野球に接した。小学2年の時には涌井(ロッテ)、石川(横浜DeNA)らがベスト8入りした甲子園で、練習やミーティングにも“参加”。誰よりも早く名門の野球を吸収した「よっくん」は、チームに貢献する尊さを学んだ。


高校2年夏の甲子園で敗退し、涙する渡辺(中央)=2013年8月
高校2年夏の甲子園で敗退し、涙する渡辺(中央)=2013年8月

3年夏の東海大相模高との準決勝で敗れたが、九回に意地の適時打を放つ=14年7月、横浜スタジアム
3年夏の東海大相模高との準決勝で敗れたが、九回に意地の適時打を放つ=14年7月、横浜スタジアム

 横浜高時代は、甲子園に2度出場。夢の舞台では通算3試合で11打数2安打に終わった。「孫だからって出させてもらってるんだろう」と心ない罵声を浴びたこともあった3年間。本人は「正直、つらかった」と振り返るものの、代名詞となった逆方向への流し打ちも「祖父に学んだバッティングがあったから」こそ、大学で花開いた。

 その巧打は世界でも通用した。昨夏は大学「侍ジャパン」日本代表としてユニバーシアード夏季大会で打率5割8分3厘を残して世界一に貢献。広角打法を磨き、リーグ通算打率3割1分4厘。「勝負所で結果を残せる良いバッター」とプロのスカウトをうならせるヒットメーカーとなった。


ユニバーシアード大会で優勝して善波監督を胴上げする渡辺(左下)=17年8月、台湾
ユニバーシアード大会で優勝して善波監督を胴上げする渡辺(左下)=17年8月、台湾

 「目標が、その日その日を支配する」。前監督が教え子に伝え続けてきた言葉だ。自身は、けがもあってプロ野球選手という夢を挫折しただけに、「佳明には安全な道を歩んでほしいと思いつつ、(プロに向けて)努力してほしいと思ってきた」という。

 渡辺もその言葉を胸に、道を切り開こうとしている。「小さいころ、いつも祖父とベイスターズ戦を見ていた。自分がスター選手に憧れを抱いたように『渡辺みたいになりたい』と子どもから言われる選手になりたい」

 きょう25日午後5時、運命のときを待つ。

 =おわり


大学最後の試合を終え、「信じて待ちたい」とドラフトへの意気込みを語る=18年10月、神宮
大学最後の試合を終え、「信じて待ちたい」とドラフトへの意気込みを語る=18年10月、神宮

わたなべ・よしあき 富岡中(中本牧シニア)-横浜高-明大。内野手。180センチ、79キロ。右投げ左打ち。横浜市金沢区出身。21歳。


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