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眠る歴史「神奈川台場」 未来へつなぐ冊子

横浜みなと新聞 神奈川新聞  2018年10月22日 17:26

明治期の神奈川台場(山本博士さん所蔵)
明治期の神奈川台場(山本博士さん所蔵)

 横浜開港直後の1860年に竣工(しゅんこう)し、横浜港に入港する外国船に祝砲や礼砲を撃つことで外交儀礼を果たした神奈川台場(横浜市神奈川区)。地下に眠る土木遺構の歴史を後世に語り伝えようと、地元住民らでつくる団体が冊子を作製した。子どもたちに配布し、横浜港の重要施設だったことを示す史跡として未来に残ってゆくことを期待している。

 江戸幕府は59年に伊予松山藩に命じ、勝海舟の設計で台場(砲台)を神奈川宿の沖合に構築した。翌年に完成した台場は総面積約2万6千平方メートルの海に突き出た扇形で、現在のJR貨物線東高島駅の周囲にあたる。

 横浜港発祥の地にある象の鼻(同市中区)とともに国際港として重要な役割を担った。71年に岩倉具視を全権大使とした使節団が象の鼻から欧米に派遣された際にも台場から祝砲を放った記録が残されている。


星野町公園に残る神奈川台場跡=横浜市神奈川区
星野町公園に残る神奈川台場跡=横浜市神奈川区

 99年に外国人居留地が廃止されるまで台場として使われていたが、1921年ごろから埋め立てられた。現在は整備工事によって星野町公園などで石垣の一部を見ることができるが、ほとんどの遺構は地下に眠ったまま。一方で、周辺では新たな開発の波が押し寄せつつあるという。

 そうした歴史を子どもたちに知ってもらおうと、地域住民らでつくる公益社団法人「神奈川台場地域活性化推進協会」は9月に冊子「神奈川台場物語」を発行。横浜開港資料館の西川武臣館長が執筆に加わり、市ふるさと歴史財団が監修した。

 同協会の理事長を務める山本博士さんは、台場が一度も攻撃のために大砲を放ったことがなかったことに注目。「開港前は小さな漁村だった横浜が、国内有数の国際港へと平和裏に導いた歴史の象徴」と力を込める。西川館長は「関東大震災で多くの建造物がなくなってしまった中、土の中に残された遺跡は非常に数少なく貴重」と文化財としての価値を強調している。


「神奈川台場物語」の街歩き地図
「神奈川台場物語」の街歩き地図

 9月25日には、地元・神奈川区の市立幸ケ谷小学校の6年生全員に冊子を寄贈。神奈川、西、中の各区の公立小37校の6年生全員に約3300冊を配布する予定で、竣工から160年目となる2020年までに合計約1万冊を寄贈する計画だ。

 山本さんは「神奈川台場を知らない地元の子どもたちは多い。将来も台場の遺構を保存していくための担い手を育ててゆきたい」と話している。


「神奈川台場物語」を寄贈する山本さん(左から2人目)と執筆した西川さん(同4人目)ら=9月25日、横浜市神奈川区の市立幸ケ谷小学校
「神奈川台場物語」を寄贈する山本さん(左から2人目)と執筆した西川さん(同4人目)ら=9月25日、横浜市神奈川区の市立幸ケ谷小学校

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