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浦賀港を世界遺産に 大航海時代の中継地、PR活動開始

話題 神奈川新聞  2018年10月07日 11:31

浦賀港を世界文化遺産にするため、市民団体を立ち上げた藤本さん(右)と宮井さん=横須賀市浦賀
浦賀港を世界文化遺産にするため、市民団体を立ち上げた藤本さん(右)と宮井さん=横須賀市浦賀

 スペイン、メキシコ、フィリピンの3カ国が世界文化遺産登録を目指す大航海時代の貿易ルート「マニラ・ガレオン船の太平洋航路」のリストに、その中継地として栄えたとされる浦賀港(横須賀市)を加えてもらうための取り組みを、地元住民が始めた。市民団体を設立。まずは国際貿易港として名をはせた史実を内外にPRするため、記念の石碑建立やシンポジウムの開催を計画している。

 太平洋航路は、スペインが大型帆船「ガレオン船」を使い、植民地だったフィリピン・マニラ-メキシコ・アカプルコ間で行った貿易ルート。スペインは中国の絹織物やメキシコの銀などを運んだとされる。

 「この航路の中継地として当時、利用されたのが浦賀港だったんです」。そう指摘するのは鈴木かほるさん=同市桜が丘=。国際会議で論文を発表するなど、同港を世界文化遺産にするための活動を続ける地元在住の歴史研究家だ。

 同港は、浦賀を領地にしていた徳川家康が開いた。江戸時代の国際貿易港といえば長崎港や平戸港が知られているが、浦賀港にも1604(慶長9)年から貿易が長崎、平戸の2港に限定された16(元和2)年まで、スペインの船が出入りしていた。またスペイン人が布教するため、地域にフランシスコ会修道院などもあったという。

 鈴木さんは「浦賀港で船の修理をしたり、船員らの水や食料を補給したりしていた」と中継地としての役割を解説。浦賀には家康の外交顧問として活躍した英国人ウィリアム・アダムズ(日本名・三浦按針)の屋敷もあり、「按針がスペイン外交を担った」という。鈴木さんは「太平洋航路は世界で共有する普遍的な価値があるだけに、浦賀のみならば難しくても、3カ国と協力して運動すれば、世界文化遺産に登録される可能性は大きい」と力を込める。

 こうした鈴木さんの熱意に共感した藤本美智子さん(74)=同市西浦賀=が同級生の宮井新一さん(73)=同=らを誘って「浦賀湊を世界文化遺産にする会」を立ち上げ、鈴木さんが会長に就いた。

 同会が着目したのは、国際貿易港・浦賀を後世に伝える資料が地元にほぼ残っていないこと。そこでまず、貿易を通じて3カ国が交流を深めたことを知らしめるため、同港近くの東叶(かのう)神社に、石碑を建立することを決めた。「西墨比貿易之地碑」と刻む予定だ。

 また3カ国の研究者を招き、同港をテーマにしたシンポを開くことも検討しており、藤本さんと宮井さんは「浦賀港が国際貿易港だったことは地元でもあまり知られていない。この史実を広め、世界文化遺産登録に向けた運動を盛り上げていきたい」と意気込んでいる。同会は現在、石碑費用の一部を寄付で募っている。問い合わせは宮井さん電話046(841)0944。


世界遺産航路
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