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記者の視点=報道部・田中大樹
時代の正体〈638〉ウチナーのこころ(下) 当たり前の日常求めて

時代の正体 神奈川新聞  2018年09月30日 22:04

写真右から、子どもたちを守ろうと立ち上がった与那城さん、普天間飛行場の辺野古移設について語る宮城さん=沖縄県宜野湾市
写真右から、子どもたちを守ろうと立ち上がった与那城さん、普天間飛行場の辺野古移設について語る宮城さん=沖縄県宜野湾市

普天間飛行場の辺野古移設について語る宮城さん=沖縄県宜野湾市
普天間飛行場の辺野古移設について語る宮城さん=沖縄県宜野湾市

時代の正体取材班=田中 大樹】住宅街の細い道を進むと小高い丘が見えてきた。灼熱(しゃくねつ)が肌を焼く。噴き出す汗をぬぐいながら急な石段を登り切り、さらに展望台を上がると、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)が眼下に現れた。

 沖縄本島中部の嘉数高台。見下ろすほどに、街の真ん中に鎮座しているのがよく分かる。住宅がひしめき合うように取り囲み、「世界一危険な米軍基地」たる所以(ゆえん)に納得する。滑走路には輸送機オスプレイが異形の機体を並べていた。

 普天間飛行場から数百メートル。宜野湾区公民館で待ち合わせた宮城政一さん(74)が一瞬、困惑した表情を見せた。「本土では普天間の住民は辺野古移設に賛成だと誤解されがちですが」。そう問うた時だった。

 1996年、日米両政府は普天間飛行場の返還で合意し、その後、名護市辺野古が移設予定地となった。旧民主党の鳩山政権が「県外移設」を公約しながらも断念し、自民党の安倍政権は辺野古での新基地建設を強行する。

 返還合意から22年。いまだ実現は見通せない。この間、辺野古で、名護で、そして沖縄で新基地建設の是非を巡り、人々が分断した。「温度差」だった沖縄と本土の関係は「断絶」と形容されるまでに悪化している。

 普天間では事故が相次ぐ。2004年には、隣接する沖縄国際大学に米軍の大型ヘリが墜落し炎上した。昨年12月には近くの緑ケ丘保育園の屋根に、大型ヘリの部品が落下したとみられる事故が発生し、わずか6日後には近接する市立普天間第二小学校のグラウンドに同型ヘリから窓が落下した。

 最も守られるべき子どもたちが、最も安全であるはずの保育園や学校で生命の危険にさらされた。オスプレイが配備され、さらに危険性が高まり、激しい騒音も続く。

 宮城さんの困惑はしかし、基地を抱える痛みの本質を理解していない私に向けられたものかもしれなかった。

 「いつ事故が起きるか分からない。私たちには心安まるときがありません。だからこそ、同じような苦しみを他の誰かに味わわせたくはないのです」

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 「一日も早く平和な空を返してほしい。でもね、自分の目の前から基地がなくなればいい、自分さえ苦しみから解放されればいい。そんな勝手はできません。基地のたらい回しは望んでいません」

 現状はどうか。

 安倍政権は「辺野古が唯一の解決策」と繰り返し、沖縄への説明すら放棄する。普天間の危険性を「人質」に辺野古移設を迫る。

 沖縄が強いられる選択は残酷の一言に尽きる。移設を容認し、辺野古に危険を押し付けるか、それとも反対を貫き、普天間の現状を良しとするか-。言い換えれば、罪悪感を選ぶか、それとも良心の呵責(かしゃく)か。そう問われているに等しい。

 宮城さんが思い起こすのは15年4月、急逝した翁長雄志前知事が安倍晋三首相との初会談で「米軍に銃剣とブルドーザーで強制接収され、基地が造られた」と伝えた時のことだ。

 「米軍が土地を奪って造ったのが普天間飛行場。それにもかかわらず代替基地も沖縄で用意しろとは筋が通りません」

 「小指(沖縄)の痛みを全身(日本)の痛みとして感じてほしい」。かつて復帰運動に尽力した先人の言葉を引き合いに、宮城さんは言った。

 「今はもう、私たちの訴えを小指の痛みほどにも感じないのかもしれません」

 沖縄がどれだけ辺野古新基地建設に反対の民意を示しても、政府の強行ぶりは変わらない。

 「本土では地元が反対すれば方針が変わる。なぜ沖縄の民意ばかりが無視されるのか。差別なく、平等に扱ってほしい。それが私たちの願いです」

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 「私は政治活動をしたことのない、ごく普通の母親です」

 米軍機の騒音が響く緑ケ丘保育園で相対した与那城千恵美さん(45)は自らをそう語った。その与那城さんをして、日米に嘆願書を提出するまでに突き動かしたのは「子どもたちを守りたい」という、どこまでも真っすぐな母親の愛情だった。だからこそ、かくも揺るがぬ強さが伝わってくるのだと納得した。


子どもたちを守ろうと立ち上がった与那城さん=宜野湾市
子どもたちを守ろうと立ち上がった与那城さん=宜野湾市

 昨年12月、大型ヘリから部品が落下したとみられる場所は、園庭からわずか50センチほどの屋根の上だった。当時3歳だった娘は室内にいた。幼いながらに事故を分かっているのだろうか、「お片付けをしていたら『ドン』ってしたよ

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