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日本将棋連盟指導棋士五段、本紙将棋担当記者
将棋のはなし(76)食べかけのケーキが…

カルチャー 神奈川新聞  2018年09月28日 12:31

【2018年9月23日紙面掲載】

 15年ほど前、タイトル戦の記録係を務めた時の思い出。最高峰の将棋を見ながら何を考えていたのか紹介したい。

 午後3時、対局者と私におやつのケーキが出された。緊張感が張り詰める対局室で、私は手を付けることをためらった。今と違って遠慮という概念をまだ持っていた。

 両対局者が食べ始め、少しだけ部屋の空気が緩んだ。こちらもそっと口に運ぶ。音を立てて思考の邪魔をするようなことがあってはいけない。

 手番の棋士が食べ終えて次の手を指した。私のケーキはまだ半分あるが、つかの間の休息は終わり。盤面に集中した。

 日が暮れて終盤戦になり、ふと机上の食べ残しが目に入った。もうすぐ決着がつき、報道陣が入ってきて無数のシャッターが切られる。その写真に食べかけのケーキが写っていいのだろうか。個人的にも恥ずかしいし、主催者にも申し訳ない。

 そろそろ秒読みなので席を外して片付けるのは無理。机の下に隠す手も考えたが、終局して人が入ってくると誰かが踏むかもしれない。もちろん秒読みしながら食べちゃうわけにもいかない。

 その時、珍しく両対局者が同時に手洗いへ立った。そして奇跡のタイミングで仲居さんがお茶を替えに入って来る。チャンスだ。すかさずケーキを下げてもらい、ほっと胸をなで下ろした。

 今週はいつも以上にどうでもいい話だ。そして、せっかくの勉強の場で盤上に集中できなかった自分が恥ずかしい。


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