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現役取締役は106歳 大正元年生・横須賀の太田さん、後進育成に意気軒昂

話題 神奈川新聞  2018年09月17日 10:49

元気の秘けつは「よく食べること」。後任の社長とともに、好物のとんかつ弁当を食べる太田さん(右)
元気の秘けつは「よく食べること」。後任の社長とともに、好物のとんかつ弁当を食べる太田さん(右)

 京急線北久里浜駅前でカルチャースクールを営む佐久間興業(横須賀市根岸町)に、大正元年生まれの取締役がいる。航空機メーカーを長く勤め上げ、80歳を超えてもなお、その実力や人柄を買われて畑違いの企業のトップに就任。この夏に社長職は譲ったが、106歳になった今も藤沢市の自宅から電車で通い、後進の育成やスクールの発展に力を注いでいる。

 佐久間興業取締役の太田繁一さんは1912年8月1日、静岡県浜松市で生を受けた。この年は7月30日に元号が明治から大正に変わった。太田さんは「2日早く生まれていれば、『明治生まれ』を名乗れたのだが」と笑う。

 38年に東大法学部卒業後、「新しいものづくりを支えたい」と、世界有数の飛行機メーカーで、富士重工業やSUBARUの前身・中島飛行機に入社した。

 当時の政府が進める国力増強の一端を担い、都市郊外に工場を展開する同社の中で、陣頭に立って三鷹製作所の用地買収などを指揮。同製作所の敷地は戦後、富士重工業の技術研究所や国際基督教大のキャンパスに転用されており、太田さんは「東京郊外の発展に貢献できたことが人生の誇り」と胸を張る。同社で40余年を過ごし、常務取締役などを歴任した。

 「そろそろ隠居生活を」。そう考えていた96年12月、中島飛行機で上司だった故・佐久間一郎さん(関東自動車工業創業者)の遺族から、佐久間興業の社長就任を打診された。

 同社は、一郎さんが78年、第一線を退くのを機に、自宅のある北久里浜にビル2棟を建てて設立。そのうちの1棟で、神奈川新聞社と提携し、文化教室を開いた。

 当時84歳を数えた太田さんだが「一郎さんに恩返しをしたい」と快諾。今年7月に、一郎さんの孫で元三陽商会取締役の睦さん(64)にバトンを渡すまで、元上司が興した会社を22年間、守り抜いた。

 「神奈川新聞文化教室」のスタッフは社長以下5人と契約講師20人。英語、ヨガ、書道など25の講座を開いている。太田さんの趣味は「とんかつなどお肉を食べることと雑談」。講師や生徒の相談事に気軽に応じ、教室内はいつも笑い声が絶えない。

 兄と妹、妻、1人息子はこの世を去った。「私がしっかり生きて、みんなを決して忘れないようにしたい」と太田さん。「(佐久間)一郎さんが文化教室にこだわったのも生まれ故郷の発展のため。その思いを受け継ぎたい」と決意を新たにしている。


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