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「戊辰の横浜」、資料で読み解く 明治150年で企画展

話題 神奈川新聞  2018年08月27日 15:13

歴史的に重要な一年を、港を中心にした資料で紹介する横浜開港資料館
歴史的に重要な一年を、港を中心にした資料で紹介する横浜開港資料館

 明治150年を記念し、明治維新の起きた1868年前後の横浜に焦点を当てた企画展「戊辰の横浜」が、横浜開港資料館(横浜市中区)と横浜市歴史博物館(同市都筑区)で開かれている。戊辰戦争の戦闘こそなかったものの、港での貿易や、住民らによる食料や金銭の提供などで関わっていた横浜。この時代の横浜がどのような役割を担い、人々がどう暮らしていたかをさまざまな資料から読み解いている。


都市の特殊性明らかに


 横浜開港資料館の展示テーマは「開港都市の明治元年」。1859年に開港した横浜は、外国公使らがいたことなどから幕府側でも新政府軍側でもない中立的な立場。だが、港があり、外国との関係があるという特殊性により、戦闘とは異なる形で影響を受けていた。

 68年8月1日付の「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」には、外国兵が守る横浜の関門を薩摩の男性が通る様子を掲載。当時は要所に外国人を置く例外的な措置が取られていたことを表している。

 仙台藩の公義使らの日記には、同藩が武器や艦船を購入したという記述もある。この時代の横浜は生糸貿易が盛んな時期だったが、東北諸藩と外国商人との取引の現場にもなっていた。また、野毛に開設された「横浜病院」には負傷兵が送られたという記録も残る。貿易や治療という形で、横浜が戦争を支えていたことを明らかにしている。

 同館は「1868年は国内のことだけを考えがちだが、外国も深い関わりがあり、当時は横浜を経由するとつながることができた。この年の横浜は無視できない場所だった」と話す。

 10月28日まで。月曜休館、200円。問い合わせは、同館電話045(201)2100。


「名もなき民」に焦点


新政府軍の行列が描かれた「大総督東下之図」も展示されている=横浜市歴史博物館
新政府軍の行列が描かれた「大総督東下之図」も展示されている=横浜市歴史博物館

 市歴史博物館の「名もなき民の慶応四年」展が注目するのは、動乱の時期を生きた「普通の人」たちだ。村人らが書き残した資料などから、戊辰戦争や新政府軍に対する民衆の視線、戦いがもたらした変化などを追っている。

 横浜は戦場にはならなかったが、戦争の影響が全くなかったわけではない。その一つが鉄砲の回収。戊辰戦争前に起きた武州世直しを機に、当時の綱島村などで結成された農兵隊は鉄砲を持っていた。江戸に向かう新政府軍は横浜や川崎の村で鉄砲を回収、それを記録した岡山藩兵の日記も見ることができる。

 さらに、新政府軍からは人馬や食料、金銭提供の依頼もあった。分量も金額も大きく、かなりの負担が分かる一方、“替え玉”を使って「人足」になることから逃れた家の文書も残る。また、藤沢宿の少年が新政府軍の行列を描いた「大総督東下之図」も展示。色鮮やかで細かな表現から、子どもも社会の変化に高い関心を持っていたことが伝わる。

 展示からは、日本の大きな転換期を民衆がしたたかに生きた様子がうかがわれる。同館は「戦争中でも日常はある。横浜、神奈川の人たちがどう暮らし、生き残るためにどう乗り切ったかを見てほしい」と話している。

 9月9日まで。月曜休館、500円。問い合わせは、同館電話045(912)7777。


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