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平和つなぐ
広島被爆73年(3)世代超える非核への思い 「伝えたい」体験を絵画に

時代の正体 神奈川新聞  2018年08月22日 11:16

ギャラリートークで絵について解説する広島市立基町高校2年の富士原芽依さん=6日、広島市中区
ギャラリートークで絵について解説する広島市立基町高校2年の富士原芽依さん=6日、広島市中区

 「あの日の痛みや悲しみとか人間の生の純粋な声、感情が世界に放射され、世界遺産とされた。それが原爆ドームです」

 被爆73年となる今夏、小雨がぱらつく平和記念公園(広島市中区)を歩きながら、大西知子さん(69)=同市東区=は訴えるように参加者たちへ語り掛けていた。

 大西さんは原爆ドームや原爆慰霊碑などがある平和記念公園や、広島平和記念資料館を案内する「ヒロシマピースボランティア」の1人。市の外郭団体による事業で、今月2日現在で212人が登録されている。

 資料館のみの定点解説と、平和記念公園などを巡る移動解説があり、2017年度は移動解説を2万6664人が利用した。英語や中国語、スペイン語でも対応している。

 愛媛県生まれの大西さんは20代の頃、フィリピンやモンゴルで貧困支援の活動に携わっていた。「原爆と貧困。平和という観点で同じでは」。そんな思いから、1999年4月に1期生としてデビューした。

 原爆投下直後について書かれた新聞記事を紹介したり、投下当日の市街地を撮影したことで知られる元中国新聞社カメラマンの松重美人さんによる写真を見せたり、と工夫を凝らす。いずれも原爆の実相へ理解を深めてもらうためだ。

 小学校の臨時教諭として勤める傍らでのボランティアだが、労は惜しまない。「ヒロシマの心を伝え、世界に約1万5千発ある核兵器をなくす意義、平和とは何か考えるきっかけをつくりたい」。使命感が体を動かしている。

 平和や非核に向けた取り組みは、若い世代の間にも広がっている。

 市立基町高校(同市中区)では2007年度から、創造表現コースの生徒たちが、被爆体験者が心に浮かべる一場面を1枚の絵画に仕上げている。

 生徒それぞれが1作品にかける時間は、およそ1年間。制作を望む体験者と8月ごろに顔合わせし、描く場面だけでなく、原爆が落ちる前後の行動や状況、今に至る経緯などを細かく聞き取りし、思いをはせながらキャンバスにそれらを落としていく。

 体のあちこちにできた吹き出物を、年老いた女性に手当てしてもらう少女-。同校2年の富士原芽依さん(16)は、12歳のときに被爆した笠岡貞江さん(85)=同市西区=の話をもとに油彩を手掛けた。

 「私より幼かった笠岡さんがこんな経験をしたなんて」。描いたのは、笠岡さんが被爆から1年後、祖母に治療してもらっている情景という。

 10回以上会い、電話でも何度も相談した。数パターンの下絵から水彩画にしてから再び意見を聞いた。

 「表情をもっと痛そうにしてほしい」と言われれば、友達に「痛そうな顔をしてみて」と頼んで何枚も写真を撮ったり、自分でもつらそうなしぐさをして鏡で見たり。「優しかった」という祖母は、当時の写真を参考にして慈しむような雰囲気を出した。

 修正を重ねながら油彩画に仕上げたものの、また何度も話を聞いた。記憶に近づけようと苦心する過程で、次第にある思いが湧いてきたという。

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