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被爆前の家族の肖像再現 白黒写真をカラー化、証言で補正

社会 神奈川新聞  2018年08月09日 02:00

浜井さん家族らの花見の様子をカラー化した写真(提供・渡邉英徳=東京大学、庭田杏珠=広島女学院高校)
浜井さん家族らの花見の様子をカラー化した写真(提供・渡邉英徳=東京大学、庭田杏珠=広島女学院高校)

 原爆投下前の広島や長崎を写した白黒写真を人工知能(AI)を使ってカラー化し、被爆前の街並みや人々の営みを再現する動きが進んでいる。広島では高校生たちが、原爆が奪い去ったかつての日常の記憶を被爆者から聞き取り、色彩を補正する作業を担う。戦後73年、失われていた「色」が忘れていた記憶とともに鮮やかによみがえり、世代間の交流にもつながっている。

 色づけの作業を進めるのは、デジタル技術を生かした平和教育を研究指導する東京大学大学院の渡邉英徳教授。白黒写真に写った背景や衣装などを形や質感からその色をAIが判断する仕組みで、早稲田大の石川博教授らが一般公開している技術を活用した。

 沖縄戦に巻き込まれる直前に沖縄県内で撮影された写真のカラー化に携わり、日本新聞博物館(横浜市中区)で今年7月まで企画展を開いた実績がある。被爆地・広島でも広島平和記念資料館の所蔵写真に加えて個人が所蔵する写真をカラー化するプロジェクトを立ち上げた。

 AIが自動で着色したカラー写真を完成させるには、当時の証言を聞いた上で色彩を修正する作業が欠かせない。広島女学院高校(広島市中区)で核兵器廃絶を求める署名活動を行う実行委員会の1、2年生7人が渡邉教授に連携を名乗り出た。

 カラー化する写真は、爆心直下となった旧中島本町地区で実家が理容店を営んでいた被爆者の浜井徳三さん(84)=広島県廿日市市=が提供。疎開先で難を逃れた写真約250枚が収められた家族アルバムから小学校のクラス写真など印象深い約35枚を選んだ。

 浜井さんは原爆が投下された1945年8月6日、実家にいたとみられる両親と兄、姉を失った。2日後に疎開先から訪れると地区は見る影もなく、「家族の骨すらなかった。今もって(家族が)死んだとは思っていない」と無残な現実を受け止めきれずにいた。

 6日の平和記念式典後に開かれた同地区の慰霊式で、浜井さんはあいさつに立ち、参列していた同校2年でリーダーの庭田杏珠(あんじゅ)さん(16)と渡邉教授を隣に呼び寄せた。

 広島の桜の名所、長寿園で35年ごろに浜井さん家族らがそろってお花見を楽しむ色鮮やかな写真を高らかと掲げ、「色づけしてもらったこの写真を見て、忘れていたさまざまな記憶を思い出した」。凍り付いていた被爆前の記憶が氷解したうれしさで声を震わせた。


思い出を楽しそうに話す(左から)被爆者の浜井さんと、庭田さん、渡邉さん=6日、広島市中区の平和記念公園
思い出を楽しそうに話す(左から)被爆者の浜井さんと、庭田さん、渡邉さん=6日、広島市中区の平和記念公園

 写真は庭田さんが浜井さんから聞き取った証言を元に手作業で補正した一枚。庭田さんは「白黒写真の時には思い出さなかったことをカラー写真では楽しそうに話してもらうとやりがいがあり、うれしい。私たちも証言を身近に感じることができる」と話し、記憶の継承の手段として手応えを感じていた。

 渡邉教授は「カラー化はAI頼みでなく人の手も入るため、戦争を知る世代の人と若者たちが語り合うきっかけにもなる」と強調。庭田さんらは今後も活動を続けるとともに、写真展を開くことで世代間交流がさらに広がることを期待している。


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