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福祉に尽力、県全域から地域へ 「できることは何でも」

社会 神奈川新聞  2018年08月08日 10:40

山尾宏子さん。30年以上、福祉に携わってきた
山尾宏子さん。30年以上、福祉に携わってきた

 神奈川県内全域を対象にした生活援助団体から、地元の横浜市港南区で展開する福祉団体、そして自らが住む“ご近所”を主な活動範囲にする助け合いグループ「茶卓」へ。同区の山尾宏子さん(86)は30年以上福祉に携わる中で、活動の軸足をより暮らしに近い形へと移してきた。「目の前で転んだ人がいたら知らん顔はできない。送ってあげるとか、何とかしてあげたい」との気持ちが、全てに通じている。

 山尾さんが暮らすのは、京急線上大岡駅にほど近い高台の住宅地。1964年、夫とともに移り住んだことで地域との関わりが始まった。今でこそ住宅が立ち並ぶが、「当時は何もなくて、よくこんなところに来たなと思った」と懐かしむ。

 岡山県の実家は、かつては工場で戦後はダンスホールに変わった。55年に一人で上京し、日本の社交ダンス界の草分けだった玉置真吉さんに師事。ダンス講師となり、夫と知り合った。結婚後、横浜に移り住んでからも講師を続けていたが、次男の出産を機に退職。それが福祉との縁を生んだ。

 きっかけは生協活動だ。70年に自宅近くに店舗ができ、誘われて協力員に。その後理事を務めたが、「会合で社会情勢について話す場が順番に回ってくる。例えば輸入食品についてとか。そのために勉強が必要だった」。社会問題と向き合い、知識を蓄えた。

 やがて「生協内で福祉を手掛けてほしい」という声がかかった。90年に有償の家事援助団体「愛コープ」が誕生し、初代理事長に。五里霧中のまま活動に奔走した。求める声は県内全域からあり、それに応える一方、「県全域を対象にするのは広すぎる」という気持ちもふくらんでいった。2年で退任したのは「地元の港南で福祉に取り組みたい。地域に帰ろう」と決断したからだ。

 その思いを結実させ、個人で92年、家事や子どもの世話、簡単な介護などを地域の住民同士が有償で助け合う団体「たすけあい有為」を設立する。学習塾を間借りして最初の事務所を開設し、高齢者だけ、子どもだけなどと対象を限定することなく、「初めから何でもあり」でスタートした。


毎月1回開いている「茶卓」の食事会には毎回大勢の人が足を運ぶ。右端が山尾さん=横浜市港南区
毎月1回開いている「茶卓」の食事会には毎回大勢の人が足を運ぶ。右端が山尾さん=横浜市港南区


 働く母親の依頼で風邪をひいた子どもの面倒を見たり、父親の帰りが遅い父子家庭に食事を届けたり。「困っている人、求めているところがあったら、とにかくやる」という考えからメニューはどんどん広がり、障害者らの送迎サービスや、食事サービスも加わった。97年には、区内の民家を使って認知症の高齢者や障害児らが集う居場所「ころぼっくる」も設立。そして99年、「有為グループ」としてNPO法人化した。

  ◇

 山尾さんの転機となったのは、2000年に始まった介護保険制度だった。

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