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【オウム死刑執行】今なお「原点」問う 記者の視点=元司法担当・鈴木達也

時代の正体 神奈川新聞  2018年07月07日 02:00

 拍子抜けするほど普通の中年男だった。1996年4月24日、東京地裁での初公判。104号法廷に現れた男はしきりに頭を動かし、ひげに手をやり、口元を触る。弁護人から居眠りを注意される一幕もあった。

 複数の幹部信者の公判を傍聴してきたが、それなりに修行者然とした彼らとは全く違っていた。等身大の「松本智津夫」は裁判長の人定質問に、生年月日を西暦で正しく答えた。一方で名前は「麻原彰晃です」と教祖名に固執し、宗教じみた弁舌を続けた。築いた虚像を保とうと、懸命にもがいているように見えた。

 その欺瞞(ぎまん)性をいち早く察知した弁護士坂本堤さんは89年11月、妻子とともに殺害されていた。地下鉄にサリンがまかれる5年以上も前。まだその反社会性はほとんど知られていなかった。坂本事件が「原点」と呼ばれるゆえんだ。横浜市磯子区の自宅に押し入った実行犯6人のうち早川紀代秀、新実智光、中川智正の3死刑囚の刑も執行された。

 上川陽子法相は6日の臨時会見で罪状をあらためて並べ立てたが、最大の罪は、社会への不満をあおり、絶対的な権威をまとって、多くの若者を従わせたことである。まじめな若者たちが普通の中年男になぜ支配されたのか。その真相を語らせる機会は失われた。それでも、今の社会を照らすことはできる。

 他者を顧みぬ独善的な世界観、相いれない者は徹底排除する不寛容な空気感。相模原市では障害者殺傷事件が起き、川崎市ではヘイトスピーチという排外主義が跋扈(ばっこ)する。

 坂本さんは事件の3日前、信教の自由を盾に自らを正当化しようとする教団幹部に、こう言い返した。「人を不幸にする自由はない」

 私たちの社会は「原点」から何を学んだのか。


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