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歌手 鈴木康博
【ひとすじ】再び原点、言葉にできない思い

社会 神奈川新聞  2016年10月24日 09:24

 伝説の人気バンド「オフコース」の元メンバーで、シンガー・ソングライターの鈴木康博(68)が11月3日、故郷・横浜でライブを行う。


1年ぶりのバンドライブを、地元・横浜で行う鈴木
1年ぶりのバンドライブを、地元・横浜で行う鈴木

 少年時代に出会った仲間たちと音を紡いだ原点であり、幼少期から移り変わりを見つめてきた思い出が詰まった地でもある。年輪を重ね、あらためて感じる。「(横浜公演は)僕にとって特別なもの。同じように横浜の街で生きてきた地元の人はもちろん、同じ時代を生きている同世代の人に歌声を届けたい」

 東京・原宿で10月9日に始まったツアー。バンド形態での公演は1年ぶりとあって、午後2時から始まったリハーサルでは、音や照明などの確認が入念に繰り返されていた。

 全体の音合わせを終え、鈴木が楽屋に戻ったのは午後5時の開演まで1時間を切っていた。噴き出した汗を拭い、ソファに腰掛けると、「60歳くらいからは気になって。大事にしないと」と喉をケアし始めた。

 リハーサルですでに、この日披露する24曲を1度歌い上げていた。本番に最高のコンディションで臨むためにプロとして当然とばかりに多くを語らないが、1日に2度コンサートを行うようなハードさだ。


◆出会い 
 1948年に静岡で生まれた鈴木は、幼少期に横浜市磯子区に転り住んだ。同市立浜小学校に通い、休みの日には仲間と野毛や伊勢佐木町に繰り出した。

 日本は高度成長期のとば口に差し掛かっていたが、横浜の中心部は米軍の接収が長く続き、復興も大幅に遅れていた。「当時は学校は2部制で子どもの数が多く、(伊勢佐木町の)不二家の周りを子どもがうじゃうじゃしていた」と笑う。

 後に、ともにオフコースとして一世を風靡(ふうび)することになる小田和正(69)との出会いは小学6年生のときだった。

 当時はまだ3両連結だった京急線の電車内の出来事。子どもたちが、出入りすることが可能だった運転席に陣取り、トンネルに入ると警笛を鳴らすいたずらに興じていた。そのやんちゃな子どもたちの中にいた小田に「(自分も)やってみたいな」と声を掛けたのが始まりだ。

 その後、中学受験の準備で通った塾に小田がいたことで縁が深まった。家に出入りするなど交流を重ね、ともに聖光学院中学校(同市中区)に進学。英語を学び、洋楽に興味を持ったことで音楽に目覚めた。

 外国を近くに感じられると、本牧にあった進駐軍の住宅などを眺めては、フェンスの向こう側に広がるアメリカに思いをはせた。ポール・アンカをまねて巻き舌で歌ったり、エルビス・プレスリーに夢中になったりもした。

 高校まで聖光学院で肩を並べた小田とは、通学路でザ・ビートルズの「恋する二人」をハモった日々もある。人前で初めて歌ったのは高校2年のクリスマスパーティー。小田とともに歌い、「来年は文化祭(聖光祭)でも曲をやろう」と奮起した。

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