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時代の正体〈616〉米朝会談と日本の役割(下)国交正常化が解決の道

時代の正体 神奈川新聞  2018年06月30日 11:17

「拉致問題三原則」の取り下げを訴える和田春樹さん=6月25日、東京都千代田区の連合会館
「拉致問題三原則」の取り下げを訴える和田春樹さん=6月25日、東京都千代田区の連合会館

わだ・はるき 1938年大阪市生まれ。東大卒。東大教授を経て名誉教授。専門はロシア史・現代朝鮮研究。著書に「北朝鮮現代史」など。
わだ・はるき 1938年大阪市生まれ。東大卒。東大教授を経て名誉教授。専門はロシア史・現代朝鮮研究。著書に「北朝鮮現代史」など。

時代の正体取材班=石橋 学】朝鮮戦争も拉致事件も冷戦という対立が生んだ悲劇だった。朝鮮戦争が始まった6月25日に合わせて都内で開かれたシンポジウム。米朝首脳会談に和平への一歩を見る和田春樹・東大名誉教授は日朝国交正常化交渉の再開と、その前になすべきことを訴えた。

      ◇

 12日の米朝首脳会談は日本海、朝鮮半島、北東アジアを覆っていた戦争の恐怖、核戦争の恐怖をひとまず終わらせたという意味で大きな歴史的意義を持つ。平和と和解、共生と協力の世界に向かう過程の始まり、第一歩と評価できる。

 北朝鮮が直面した戦争の危機感は、日本海を舞台にした原子力空母、原子力潜水艦、イージス艦からなる米艦隊との対峙(たいじ)から発生している。朝鮮半島の非核化だけでなく日本海の非核化、平和化が必要になる。言うまでもなくその実現は日本列島、沖縄の平和化、非核化と切り離せない。

 従って、米朝交渉でまとめられるべき非核化の最終プログラムは、朝鮮半島と日本海、日本列島全体を包含する軍縮プログラムになるほかない。在韓、在日米軍についても全面的な検討が行われなければならず、米朝2国間の交渉から北東アジアの日本、韓国、中国、ロシアを加えた6カ国の協議に拡大されなければならないと思う。

 米朝両国の努力に対して韓国、中国は金(キム)正恩(ジョンウン)朝鮮労働党委員長との首脳会談を重ね、協力、支援する動きを始めている。ロシアも外相を平壌に派遣して協力を申し出ている。日本だけ、安倍晋三首相と河野太郎外相がトランプ大統領の方針転換に背を向け、北朝鮮への圧力をなお高め、CVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)を受け入れさせるという敵対的思考の枠の中に閉じこもっている。

 もちろん状況を考えれば、日朝首脳会談への意欲を表明しないわけにはいかず、安倍首相も言及はしている。しかし、会談の目的は拉致問題の解決のためだという表明をいまもってやめていない。国内メディアも拉致問題の解決が最重要だという安倍首相の言葉を繰り返すこと以外をしていない。

 ここで、第1次安倍内閣発足時の2006年に打ち出された「拉致問題三原則」が、日本政府と国民の北朝鮮に対する政策と認識を凍結させていると指摘しなければならない。

戦争状態下に拉致


 日本は朝鮮における侵略と植民地支配の歴史を清算し、平和的で正常な国家関係を樹立するための日朝国交正常化交渉を1991年に開始した。2年間で8回の会談を行ったところで決裂し、以後8年間が無為に過ぎた。2000年に再開されるも3回の会談でまた中断。そして02年に日朝首脳会談が行われ、日朝平壌宣言の合意が成立した。

 ここでは、国交正常化の早期実現やその後の経済協力の実施、関係国間の対話を促し、核・ミサイル問題の解決を図ることなどが確認された。だが、北朝鮮政府が13人の日本人拉致の事実を認めて謝罪し、「8人死亡」と発表したことが世論の反感をかき立て、交渉は1回で止まってしまった。04年に第2回首脳会談が行われたものの、横田めぐみさんの(ものとされる)遺骨を巡る対立から四たび決裂状態に陥る。

 かくして開始から28年になる国交正常化交渉はいまだ妥結に至らず、日朝間の歴史の清算はなされず、国交は樹立されていない。北朝鮮は国連加盟193カ国のうち、日本が国交を持たない唯一の国として存在している。

 南北と米朝の間の交渉により、朝鮮戦争の休戦状態を真の平和体制に転換させることが話題になっている。このことは、日本にも従来意識されることのなかった課題を突きつけている。

 朝鮮戦争が始まった1950年6月25日、敗戦5年後の日本は米軍の占領下にあった。日本にいた米軍は直ちに韓国を助けるために出撃し、日本へ移動してきた空軍と海軍は日本を基地にして北朝鮮軍を攻撃した。米軍は国連軍の主力となり、東京に国連軍司令部が設立された。横田と嘉手納の米軍基地にはB29が配備され、連日出撃し爆撃を加えた。

 日本の民間船員は米軍の戦車揚陸艇に乗り込み、仁川上陸作戦を決行する米海兵隊を運んだ。海上保安庁の掃海艇は上陸作戦前夜に機雷除去にあたり、事実上の戦争行動に直接参加した。

 このように日本は米軍の戦争を支援したが、それは敗戦国として占領軍の司令官の命令に無条件で従うことを誓約していたからで、自国の意思決定により戦争に協力したわけではないと説明されている。だが、北朝鮮側からすれば、日本は米国との戦争で最重要な基地国家であり、日本との関係は戦争状態にあったと捉えられていたのだろうと思う。

 北朝鮮にとって53年の休戦協定締結後も、この認識は続いていたと考えられる。北朝鮮の工作機関が70年代から一定期間、日本国民を不法に拉致したのは、北朝鮮側が日本との関係は戦争状態にあると考えていたからだとみることができる。

 従って、国交正常化とは歴史の清算だけでなく、朝鮮戦争から始まった日朝間の半戦争状態に終止符を打つことも意味する。それはまた、今日の課題である朝鮮半島における平和体制構築の一環になるといえる。

交渉による解決を


ピースデポ特別顧問・梅林宏道さん(左)と登壇し、「拉致問題三原則」の取り下げを訴える和田春樹さん=6月25日、東京都千代田区の連合会館
ピースデポ特別顧問・梅林宏道さん(左)と登壇し、「拉致問題三原則」の取り下げを訴える和田春樹さん=6月25日、東京都千代田区の連合会館

 日朝国交正常化交渉を再開するに当たり、日本側としてなさねばならないのは安倍首相が掲げる拉致三原則を放棄することだ。

 この原則は(1)拉致問題は日本の最重要課題(2)拉致問題の解決なくして国交正常化なし(3)拉致被害者は全員生きており、全員を生還させることが拉致問題の解決だ-とするものだ。

 拉致問題が重要な課題であるということに誰も反対はしない。しかし、日本の最重要課題であり、内閣を挙げて取り組むというのは、拉致問題での「活躍」が日米の政界で認められ、宰相の座に上り詰めた安倍首相のパフォーマンスにすぎない。

 第一の原則は、第二の原則のために置かれたものといえ、第二の原則は、国交正常化を目指していく中で拉致問題の解決を進めるという方針を修正するものだった。それは国交樹立に反対する米政府や日本の一部勢力の希望に沿うものでもあった。

 三原則のうち、最も重要なのは第三の原則、拉致被害者は全員生きているという断定だ。被害者家族の心情としては、このように言うことは十分に理解できる。しかし、拉致を実行した北朝鮮政府から「8人死亡」と通告された日本政府がこのように言うことは、北朝鮮政府はうそをついている、信頼できないと言うに等しく、北朝鮮政府との外交交渉の扉を閉ざすことと同義だ。

 このような考え方が今日まで日本政府を縛り、日本の世論とメディアを縛ってきた。

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