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名指導者編 96/100
「60点」の哲学 日藤・山本秀明/「人の輪」が武器 隼人・水谷哲也

高校野球 神奈川新聞  2018年06月02日 02:00

「60点」の哲学 日藤・山本秀明/「人の輪」が武器 隼人・水谷哲也
「60点」の哲学 日藤・山本秀明/「人の輪」が武器 隼人・水谷哲也

甲子園練習でノックをする日大藤沢の山本。自身初の舞台で1勝はならなかった =2007年3月
甲子園練習でノックをする日大藤沢の山本。自身初の舞台で1勝はならなかった =2007年3月

「60点」の哲学貫く

 日大藤沢の山本秀明(48)にしてみれば、「まあね」という感じだった。監督就任3年目の2007年春、36歳にして母校を選抜甲子園に導いた。自信があった。若かった。「ちょろい」と思っていた。

 同校卒業後、捕手として社会人野球の三菱自動車川崎に進んだ。全国最激戦区の神奈川で、高校野球よりシビアな一発勝負の世界を生き抜いた自負があった。甲子園くらいは-と思っていた。

 指導者になるなんて思っていなかった。「プロだけが目標でしたから」。兄はプロ野球最年長現役記録を打ち立てた200勝投手、山本昌広だ。

 「小さい頃から僕の方が才能があると言われていたし、自分でもそう信じていた」


高校時代の山本。3年の夏は5回戦で横浜に敗れた=1988年7月、保土ケ谷球場
高校時代の山本。3年の夏は5回戦で横浜に敗れた=1988年7月、保土ケ谷球場

 社会人野球では月給の手取りが10万円に届かなかった。早くプロになりたかった。3年目にはレギュラーになった。

 だが大会中、ファウルチップが股間を直撃し、睾丸(こうがん)の一つが砕けた。「それでプレーが怖くなってしまった」。心が折れたのにはもう一つ理由があった。

 「バルセロナ五輪主将だった東芝の高見(泰範)さんをはじめ、当時の社会人神奈川勢の捕手はみんな全日本クラス。それでもプロには行けない。自分には全てが足りなかった」。野球人生で初の、そして決定的な挫折だった。


自身初となる甲子園で采配を振るう=2007年3月
自身初となる甲子園で采配を振るう=2007年3月

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