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【横浜大空襲73年】平和つなぐ(3)案外 身近にある戦争

社会 神奈川新聞  2018年05月31日 12:47

焼け焦げた跡が残るイチョウの木の前で空襲を考察するグローカリーYCUのメンバーら =金澤八幡神社
焼け焦げた跡が残るイチョウの木の前で空襲を考察するグローカリーYCUのメンバーら =金澤八幡神社

 青々と葉を茂らせるイチョウの木には、焼け焦げて炭化した跡が生々しく残っていた。今月24日、横浜市金沢区の金澤八幡神社。横浜市立大の公認サークル「グローカリーYCU」の3人は大学周辺で1945年2月17日にあった米軍による空襲の痕跡を探す中、一本の大木の前で立ち尽くした。火炎に包まれた古傷をかさぶたのように樹皮が包み、成長を続けていた。

 被災したとみられる樹木や石は、京急線金沢八景駅と金沢文庫駅から海側に広がる社寺に点在していた。市内の戦跡に詳しい市立高校教諭の鈴木晶さん(57)は「この地域は空襲の回数が少なく史料が乏しい。空襲の被害かもしれないという推測に立って調べ、証言を集めていくと、新たな視点が得られるのでは」とアドバイスした。

 中心メンバーの2年福士紗英さん(19)は市立横浜商業高校(Y校、同市南区)に在学中、部活動の「GLOCAL-Y(グローカリー)」に在籍。当時顧問だった鈴木さんに導かれながら、地元の戦跡を巡るフィールドワークを重ね、戦争を考える活動に取り組んだ。同大に進学した昨年、部活動から任意団体に衣替えした「NGOグローカリー」の支部に当たるグローカリーYCUを立ち上げた。

 戦時中、同大金沢八景キャンパスや周辺は航空機に搭載する兵器の研究や試作をしていた横須賀の海軍航空技術廠(しょう)の支廠だった。工員だけでなく、若い女性の挺身(ていしん)隊員や学徒動員者、台湾の少年工らが働いた。「自分が通う大学周辺の歴史を知りたい」。福士さんの発案で今年4月から本格的に調べることにした。

 今月17日には、メンバーで大学近くの釜利谷第2公園にある支廠の記念碑を訪れた。少年少女たちが過酷な環境で働き続け、作業事故や空襲、病気で多くの犠牲者が出たことを知った。

 高知出身の2年岩崎真夕さん(19)は「自分たちと同じくらいの年齢の人たちが勉強する機会を奪われ、戦争のために駆り出された。二度とあってはならない」と言葉を震わせた。

 戦争は案外、身近にある。大学から歩ける距離の戦跡から、リアルな戦争を感じてほしい-。福士さんらは学内で勧誘活動を重ねるが、反応はいまひとつ。「戦争の話をした途端、『じゃあいいです』と引いてしまう人もいる」。戦争について考えることを「重い」と捉えてしまう学生が多いのだろう。「戦争を扱うのは(思想的に)危ないサークルと思われているみたい」とも感じる。

平和な社会へ


 「そんな社会の雰囲気の方が実は危ない。戦争について考えなくなり、過去を直視しなくなれば未来は語れない」。福士さんがY校時代から、当時の仲間とともに育んできた思いだ。

 Y校での活動は、鈴木さんが他校に異動し、最後のメンバー4人も今春卒業したことで幕を閉じた。それでも、地球規模で考え、足元から行動する取り組みはグローカリーYCUへ引き継がれている。

 グローカリーYCUは戦争のほか、もう一つの活動の柱に「しゃべり場」を掲げる。オーストラリア留学を経験した1年大城愛さん(20)は 「例えば、海外では日常的に話題にする性的少数者というテーマを普通に話し合える場にしたい」と話す。

 誰もが自由に発言し、異なる立場や意見であっても排除されることなく暮らせる。それこそが平和な社会だろう。福士さんは人間の尊厳を奪う戦争の悲惨さを足元から直視することで、平和を語り合っていくつもりだ。


焼け焦げた跡が残るイチョウの木の前で空襲を考察するグローカリーYCUのメンバーら =金澤八幡神社
焼け焦げた跡が残るイチョウの木の前で空襲を考察するグローカリーYCUのメンバーら =金澤八幡神社

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