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ヘイトスピーチ考
時代の正体〈603〉ネット脅迫事件(上)刑事責任問う正義求め

時代の正体 神奈川新聞  2018年05月26日 09:16

受けた傷を振り絞るように語る崔さん=24日、東京・霞が関の司法記者クラブ
受けた傷を振り絞るように語る崔さん=24日、東京・霞が関の司法記者クラブ

【時代の正体取材班=石橋 学】ヘイトスピーチに抗(あらが)い、差別などない当たり前の社会を望む在日コリアン女性を脅迫ツイートが襲い続けた。川崎署が「極東のこだま」を名乗る藤沢市の男性(50)を脅迫容疑で書類送検したことを受け、24日に開いた記者会見。被害者の崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(44)=川崎市川崎区=の言葉はヘイトクライム(憎悪犯罪)が引き起こす実害のあまりの大きさ、醜悪な差別の現実を浮き彫りにしている。

 長い時間、執拗(しつよう)にインターネット上で攻撃をされて、正直、生きるのを諦めたくなる瞬間もありました。

 私が死ななかったのは、死ねなかったのは、降りかかった被害から守るためとはいえ、理不尽な制限のある生活を2年近く送り、多くの犠牲を払った子どもたちや家族がずっと私を肯定し、支えてくれたから。「差別はいけないと、オモニ(お母さん)は当たり前のことを言っているだけだから、間違っていない」と。そんな家族に強いた苦痛を増やすわけにはいかなかったからです。

 私が死ななかったのは、死ねなかったのは、脅せば黙る、脅迫して追い込めば生きることを諦めさせられる、差別への批判を封じ込むことができる、そうした成果物や成功体験に自分がなるわけにはいかなかったからです。

 「死ね」「いなくなれ」と言われないで、普通に暮らしたい。そう思って生活していただけなのに、繰り返される差別書き込みや脅迫によって、告訴せざるを得ない状況に追い込まれたのは、本当に厳しくつらいことでした。


増す恐怖


司法記者クラブで会見する崔さん(右から2人目)と代理人弁護団=24日
司法記者クラブで会見する崔さん(右から2人目)と代理人弁護団=24日

 告訴して被害が止まったわけではなく、ずっと攻撃を受け、被害を重ねながら時間を過ごしてきました。子どもたちを巻き込み、刑事事件を1年半以上抱えて生活する。この非日常のストレスは決して軽くはありませんでした。

 捜査の弊害にならないよう、誰にも苦しい状況を言えず、事件などないように普通に仕事をし、脅迫などないようにヘイト根絶の市民活動をし、差別を禁止する条例制定を川崎市に求める活動をし、メディアの取材も受け、発信し、さらなる攻撃もされてきました。

 本当は、表に出たらまた攻撃されるという恐怖もありました。職場に現れるのではないか。仕事からの帰り道、後ろを歩いている人が書き込みをしている人ではないか。信号待ちで向かいに立つ人が、ツイッターで私を挑発してくる人ではないか。恐怖を心の中に押しやりながら、普通に生活し、何ともないように振る舞っていました。そんな生活が平気なわけがなく、誰も自分のことを知らないところへ逃げたいと思ったのは、少ない回数ではありません。

 子どもたちから「まだなのか」「いつになったら捕まるの」と聞かれ、安心させてあげられる話がなかなかできず、ただただ我慢を強いての生活でした。

 匿名をいいことに無責任に差別を楽しむ人からの終わりの見えない攻撃が続きました。警察の方は、雲の向こうの見えない人物像を絞り込む捜査を根気よく、丁寧にしてくれました。弁護士や関係の方々がツイートをたどり、人物の特定につながる証拠探しに多くの時間を費やしてくれました。

 しかし、一方で書き込みは増え続けました。何が真実で、何がうそか分からないツイートでしたが、明確に分かったのは、私に固執し、恐怖に陥れることが、この人物の生活の一部になっているということでした。

 ネットの書き込みが現実に転換するのでは、と恐れていました。職場にかかってきた「朝鮮人は朝鮮へ帰れ」という嫌がらせ電話。送りつけられたゴキブリの死骸。この人物の仕業か、扇動された人がやったのではないか。ネット上にとどまらないリアルな攻撃に追い詰められていました。すぐ近くで見ているようになされるツイートに、本当に近くにいる人ではないかと思っていました。


消えたい


記者会見する崔さん(右)と代理人の師岡康子弁護士
記者会見する崔さん(右)と代理人の師岡康子弁護士

 家族とのささやかな余暇が楽しみだった週末やゴールデンウイーク、夏休み、年末年始の休みにその都度、余暇を楽しむかのようにネット上で脅迫され続けてきました。子どもたちを守るため、休みの時に一緒に過ごせない、制限のある生活を続けてきました。

 特に小学生の次男は警察の方の指導により、玄関を一歩出たら離れて歩き、同じバスに乗っても離れて座り、約束していた地域のお祭りにも、銭湯にも、映画にも一緒に行けませんでした。緊張せずに一緒に過ごせたのは、都内など川崎から離れた時だけでした。

 インフルエンザにかかって病院に行く時でさえ、次男は警察の指導を守り、離れて歩きだしました。私が母親でなかったら子どもが甘えられるのに、こんな母親ならいない方がましだと、消えたくなったこともあります。

 そんな私を師岡康子弁護士をはじめ代理人の弁護団の皆さんや関係の方々はずっと支えてくれました。ヘイトスピーチ解消法の付帯決議にはインターネット対策の実施が示されていますが、師岡弁護士が「当事者が多くの犠牲を払って闘うしかない今の法制度は不十分。だけど必ず変えるから」と約束し、励ましてくれました。その支えがなかったら、私は諦めていたかもしれません。

 昨日、子どもたちに今回の送検のことを知らせ、師岡弁護士にお礼の電話をする子どもたちの笑顔や弾んだ声を聞き、やっと少し安心することができました。

 子どもたちとの普通の生活を奪われた時間は取り戻すことはできません。子どもたちが安心して生活し、回復ができるように、私は相当の覚悟と勇気を振り絞ってこの人物を告訴したこと、許さないことで反省と処罰を求めます。匿名であっても特定され、決して許されずに刑事責任が問われる。その社会の正義がしっかりと示されることを望みます。


【「極東のこだま」による脅迫事件経緯】
 ※〈 〉内は一部抜粋したツイート
2016年
1月23日
 ヘイトデモ「川崎発日本浄化デモ第2弾」が予告され、市民団体「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」結成集会で崔さんの中学生の長男が発言、テレビや新聞で報道。

1月31日
 日本浄化デモ第2弾が実行され、レイシストが在日コリアン集住地区の川崎区桜本を襲撃。主催者は「五十六パパ」を名乗る津崎尚道氏。

2月28日
 「極東のこだま」による崔さんへの差別ツイートが始まる。
〈最近俄然クローズアップされてる崔だか姜だか江以なんちゃらか知らんが、桜本の在日連中が拉致事件と関係ないツラして暮らしていることが許せない〉

3月22日
 人種差別撤廃施策推進法案を審議中の参院法務委員会で崔さんが参考人としてヘイトスピーチで受けた被害を意見陳述。

4月16日
 〈例のチェカンイヂャ、というか青丘社にハラ立って仕方ないんだが、桜本のチョン公にかまっている場合じゃないんで控えるよ〉

3月26日
 〈差別の当たり屋やカンイジャ〉

5月15日
 テレビ報道を見たと名乗る千葉の男性が職場へ抗議に訪れる。崔さんはたまたま不在。

5月24日
 ヘイトスピーチ解消法成立。

5月31日
 川崎市の福田紀彦市長が日本浄化デモ主催者・津崎氏の公園使用を不許可にしたと発表。

6月2日
 横浜地裁川崎支部が津崎氏に桜本でのヘイトデモ禁止の仮処分決定。

6月3日
 同法施行。

6月5日
 川崎市中原区で強行された「日本浄化デモ第3弾」が市民の抗議で中止に。崔さんと長男の報道多数。

6月6日
 〈オレは自分の良心に基づいて、生涯をかけて青丘社と桜本の朝鮮人を批判していく。オレの感情の発露を規制できるなら、どうぞやってごらん。朝鮮の泣き女なんぞにやられてたまるかよ。チェカンイジャ〉

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