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写真家・鋤田正義
【ひとすじ】ミーハーこそが原動力(下) 

社会 神奈川新聞  2018年05月21日 12:07

鋤田(中央)とプロデューサーの立川(右)。東京・渋谷では現在、鋤田が撮影したSUGIZO(左)の写真展が開かれている
鋤田(中央)とプロデューサーの立川(右)。東京・渋谷では現在、鋤田が撮影したSUGIZO(左)の写真展が開かれている

「幾人もの写真家がデビッド・ボウイにレンズを向けてきたが、鋤田(すきた)のように撮ることはできていない」

 鋤田正義(80)のドキュメンタリー映画「SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬」(上映中)の中で、英国の音楽誌編集長は称賛する。
【ひとすじ】表現者のスイッチを押す(上) 写真家・鋤田正義
 ロンドンでの出会いから5年。鋤田は1977年に宣伝のため来日したボウイを、東京・原宿で撮影した。準備したライダースジャケットを羽織ったボウイは、たばこに火を付け、整えた髪をぐしゃぐしゃにした。言葉ではなく体で語り掛けられ「変化を求めている」と感じた。

 変態していく。どの顔も撮り逃すまい。用途は未定だったが、シャッターを切り続けた。共鳴し生まれた一枚は「ヒーローズ」(77年)のレコードジャケットに起用され、世界のロックファンを驚かせた。


「ヒーローズ」のジャケットに起用されたボウイの写真((C)SUKITA(C)1977/1997 Risky Folio,Inc.Courtesy of The David Bowie Archive TM)
「ヒーローズ」のジャケットに起用されたボウイの写真((C)SUKITA(C)1977/1997 Risky Folio,Inc.Courtesy of The David Bowie Archive TM)

 「いいと思う感覚が、ボウイと同じだったことがうれしい」

 右手を胸に、左手を上げ空(くう)を見つめる「ヒーローズ」のボウイは、テクノユニット「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のアンテナに引っ掛かった。

 ロンドンから日本。逆輸入する形で、表現者を揺さぶった。YMOの依頼を受け撮影した、赤い人民服を着て、2体のマネキン人形と共にマージャン卓を囲む過激な一枚は「ソリッド・ステイト・サバイバー」(79年)の“顔”になった。


YMO「ソリッド・ステイト・サバイバー」のジャケットに使われた一枚
YMO「ソリッド・ステイト・サバイバー」のジャケットに使われた一枚

 周囲が騒がしくなる中で鋤田は「自分だけが撮ることができる世界」を追求。

 禅の精神を好んだボウイが80年にCM撮影で京都を訪れた際は、東山にある古川町商店街に連れ出した。

 ウナギ店「野田屋」の店主・田中秀頴(ひでかい)は、店内で焼く自慢の八幡(やわた)巻を見て足を止めたボウイを「男前の外国人が来たな」と懐かしむ。


ウナギ店「野田屋」の店主・田中さん。ボウイが訪れた時の写真は、ファンがいつでも見ることができるようにと店頭に置いてある
ウナギ店「野田屋」の店主・田中さん。ボウイが訪れた時の写真は、ファンがいつでも見ることができるようにと店頭に置いてある


 近所の人が夕飯の買い物に出向く。玄関に生ける花を買う。街に溶け込んだボウイを、鋤田はまばたきをするように連写した。店で買い物をする様子を収めた一枚は40年以上たったいまも店先に置かれ、ゆかりの地としてファンが訪れる。

 電話ボックスの中で受話器に耳を傾け、京阪電車の中でつり革を持つなど、日常に溶け込んだ“スターマン”はいまにも動きだしそうだ。世界が愛した男は、色あせずそこにたたずんでいる。

 シャッターを切っていく感覚は、化粧品店を営む実家で、店番をしていた少年時代に養われた。

 「ガラス越しに、いつも同じ場所から、窓の外を歩く人を眺めていた」

 窓枠越しに、町をフレームで見るクセは、ファインダーをのぞいた時に、その瞬間を教えてくれた。

 「景色をフレームで見ると鋭敏になる」

 炭鉱の町から夢を追い、浪人時代を過ごした長崎から大阪、東京へ。膨らんだ思いは海を越え、60年以上のキャリアにつながった。

 ことし5月に傘寿を迎え、故郷で初めての個展「ただいま。」を直方谷尾(のおがたたにお)美術館で開いた。

 集大成を見せたい。40日の会期中は、約350点の写真、映像作品を展示した。高校3年生の時に手にしたカメラや、初めて撮影した母の横顔。愛用するワークブーツ、ボウイ、忌野清志郎、駅構内を歩く老夫婦、動く歩道の前に立つ少年など、さまざまな瞬間が並んだ。

 「おかえりなさい」

 人口5万7千人の町に、全国から1万人以上が訪れた。

 東京や箱根などで鋤田の個展をプロデュースしてきた立川直樹は映画の中で「テクノロジーと時代と並走してる人。ミュージシャンっぽさがある」と激流の中心にいても、もまれない希少な存在であること明かしている。

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