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【バスストップ】 東急・市43系統、神奈中・中50系統(3)蓮生寺前 藤綱人気 あやかる?

話題 神奈川新聞  2018年05月19日 02:00

青砥大明神の石碑側面に刻まれた「勝部氏」の名を指し示す相澤さん =横浜市緑区の蓮生寺
青砥大明神の石碑側面に刻まれた「勝部氏」の名を指し示す相澤さん =横浜市緑区の蓮生寺

 先週は青砥町(あおとちょう)(横浜市緑区)の呼び方を探ったが、今回は町名の由来を追ってみた。

 調べると、青砥藤綱(ふじつな)という鎌倉時代の武士に行き着いた。藤綱が昔住んでいたという伝説だ。が、区内の地域史研究家の相澤(あいざわ)雅雄さん(69)は「藤綱の住まいは鎌倉と伝えられている」と話す。「村の名も青砥の前は『青戸』だった」とし、江戸初期に幕府が作成した「武蔵(むさし)田(でん)園(えん)簿(ぼ)」には「青戸村」、その村の殿様として「勝部(かつべ)五兵衛」(名前はごへえ、またはごひょうえ)の名があることを示した。

 なぜ青砥に変わったのか。ヒントになる物が青砥町内の蓮(れん)生(しょう)寺(じ)にあると聞き、相澤さんと足を運んだ。境内に江戸後期の1803年に建てられた「青砥大明神」という石碑があり、藤綱を祭ったものという。相澤さんは碑の左側を指さした。そこには願主(建てた人)として「勝部氏」の名が刻まれていた。五兵衛の子孫が建てたのだ。勝部氏代々の墓も同寺にある。

 東京や神奈川には青砥の地名や駅名が多くあり、そこには藤綱伝説がある。藤綱は江戸時代の人々から愛され、歌舞伎(かぶき)や軍記物でもヒーロー的に扱われた。現代人が坂本龍馬や西郷隆盛を英雄視するのに似ている。

 勝部氏も藤綱を愛し、その名にあやかって青戸を青砥と改名したのだろうか。相澤さんは「藤綱人気は分かるが、改名の決め手となる資料はない」という。謎(なぞ)は残るが、郷土史の奥深さを実感した。

 次回も「蓮生寺前」
(小学校高学年向けに、難しい漢字にはふりがなを振りました)
【2018年1月25日掲載】


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