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やまゆり園 事件考
死刑と命(1)「上等だ、てめえ」遺族の宣告、被告の激高

社会 | 神奈川新聞 | 2020年3月16日(月) 05:00

 神奈川県立障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市)の入所者ら45人が殺傷された事件で、植松聖被告(30)に死刑が求刑された。事件は派生的に「生きるに値しない生命はあるのか」という根源的な問いを、わたしたちに投げかけた。16日午後、判決が言い渡される。被告の生命も等価なら、極刑をどう受け止めればいいのか。連載で考える。(川島 秀宜)


警察車両で神奈川県警津久井署に入る植松聖容疑者(右)=2016年7月
警察車両で神奈川県警津久井署に入る植松聖容疑者(右)=2016年7月

 「死」を突きつけられた植松は、身じろぎもしなかった。

 2月12日、横浜地裁で開かれたやまゆり園事件の第14回公判。姉(当時60)を殺害された男性(61)は意見陳述の冒頭、「死刑を求めます」と宣告した。

 男性は犠牲者19人の遺族で唯一、弁護士に代理を委任していない。「自分の気持ちを直接伝えたいから」。植松に過去9回、拘置所で面会もしていた。

 「きょうは最後になりますね、たぶん」。男性は、対話はこの陳述の限りになるとにじませ、判決までに「いまから心の準備をするべきですよ」と伝えた。

 5日後の17日、検察が求刑したのは死刑。望み通りだったが、容易には割り切れなかった。「若者に死刑を求めた。その十字架は一生背負わなくてはならない」

 男性の「死刑宣告」は、かねてなされていた。「十字架」という、その苦難を引き受ける覚悟も。

 昨年9月にさかのぼる。横浜拘置支所(横浜市港南区)の面会室。神奈川新聞記者が立ち会った。

 「あなたに死刑宣告しようと思っている」

 4畳ほどの空間。2人はアクリル板越しに対峙(たいじ)した。植松の表情がこわばる。敬語も突如、ぞんざいな語調に転じた。「どうでもいい」。吐き捨てると、あごを突き出し、眉間にしわを寄せ、男性をにらみつけた。

 男性はひるまない。「世の中なめてるよ」

 植松は「はいはい」。射るような眼差しが一層、鋭くなる。

 男性は気丈だ。「文句を言ってるんじゃない」

 「上等だ。てめぇ」。植松は震えた。「黙って聞いてればよ。くせぇ演技に飽き飽きしてんだよ」

 わずかな沈黙があった。

 男性 いまの気持ちを伝えにきた。

 植松 あぁ、そっすか。

 男性 表情変わったね。現実を突きつけにきたんだよ。

 植松 上等だ。あぁ、よくわかんねぇ。

 男性 おれも十字架、背負うよ。

 植松 ふーん。じゃ、なれよ。

 公判は結審まで16回。50時間近い審理で、影を潜めたむき出しの激情だった。

 植松は1月10日の第2回公判で死刑を悟ったという。神奈川新聞の面会取材にこう明かした。「裁判長の顔を見て、死刑宣告されると感じた。目を合わせてもらえなかった。あぁ、死刑だなぁと思った」。2月19日の最終陳述で、「わたしはどんな判決でも控訴いたしません」と言い切った。

 死は、そう簡単に割り切れるのか。その恐怖、そして生の尊さを、植松に知らしめようと試みる学者がいた。

手紙に隠した死刑の暗喩

 1982年に米国のゲーム会社が発売した「イルミナティカード」は、未来の出来事を暗示する「予言のカード」と愛好家に信じられている。

 500種類余りのカードの一部は、実際に起きた事件や災害を的中させたと取りざたされ、秘密結社による陰謀論まで飛び交う。被告の植松も入れ込んだ一人だった。「ことし、横浜に原爆が落ちる」「9月7日が危ない」と妄信し、公判でも同じ発言を繰り返した。

 SF作家の山本弘は「世界にはびこる陰謀論をパロディーにした、ただのカードゲーム。数字は都合よく、いかようにもこじつけられる。フェイクの世界観にのめり込むと危険だ」と警告する。

 植松に自身を「選ばれし者」と曲解させ、襲撃を決意させたカードの数字がある。「13013」だ。


「13013」のイルミナティカード(山本弘さん提供)
「13013」のイルミナティカード(山本弘さん提供)

 「13」「0」「13」と分割すると、「B」「O」「B」と読み取れる。イラストのパイプをくわえた男が「BOB(ボブ)」。「伝説の指導者」という設定だ。

 植松はこの5桁を逆さから「3」「10」「31」と切り取り、「31」は加算して「4」と解読。語呂合わせで「さ」「と」「し」、つまり「聖(さとし)」に結びつけ、自らをボブと重ね合わせた。事件半年ほど前から、「自分は救世主」「革命を起こす」と周囲に触れ回り始める。

 交際していた女性によると、「6」にも執心していた。植松自身も、公判で「666は悪魔の数字。人間は悪魔だと思っている。優しい悪魔になりたい」と答えた。新約聖書の「ヨハネの黙示録」で「獣の数字」とされる。陰謀論では、足し合わせた「18」も同義だ。

 植松が襲撃予告を衆院議長宛てに持参したのは、「平成28年2月15日」。五つの数字を合算して「18」になる日取りを選んだという。襲撃はもともと、10月1日の計画だった。公判で理由を問われ、「1001」の並びが「門のようで『門出』を表すから」と説明した。

 数列に超越的な啓示を見いだそうとする植松。勾留先の横浜拘置支所に、社会学者の最首悟(83)は18年7月から毎月欠かさず手紙を送り続けている=最首さんの手紙まとめ「序列をこえた社会にむけて」=。死刑をにおわせる不吉な暗喩を込めて。


最首悟さん(左)と星子さん=2018年7月、横浜市
最首悟さん(左)と星子さん=2018年7月、横浜市

 契機は、その3カ月前に届いた植松からの手紙だった。重いダウン症で知的障害を抱える三女の星子(43)の存在を否定する内容がつづられていた。

 星子が産まれたのは、かつて全共闘の活動家として鳴らした東京大の助手時代。星子は8歳で失明し、発語もできなくなった。

 権威主義にとらわれた大学という組織のただなかにいた最首は、他者に依存しなければ生きられない星子に、生き方そのものを覆された。大学が尊ぶ自主独立という価値観の対極にある、頼り、頼られるという関係性。最首はそれを人間の「二者性」と呼ぶ。星子は、いわば「自立」という閉塞(へいそく)から最首を解放し、安らぎをもたらしてくれた。

 最首は19年12月と18年7月の2回、神奈川新聞記者とともに植松と面会している。植松は、星子を念頭に「不幸を生み出す」「安楽死させるべき」と切り捨てた。最首は死刑の覚悟を問うた。「裁判で偉い方が決めたら仕方ない」。権威からの要請であれば、命をも差し出すという植松。自らの才知が及ばない超越性には付き従う。怪奇な数列に対するように。

 最首は、星子が教えてくれた「他者がいて、自分もいる」という二者性の尊さを逆説的に植松に知らしめようと考えた。それが、手紙の暗喩だ。「植松青年は気づくだろうか」。最首は今月も13日、21通目を投函(とうかん)した。

=敬称略、つづく

 
 

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