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建設断念 障害者差別と看板(下) 撤去の機運高まらず

社会 神奈川新聞  2016年10月18日 09:24

知的障害者グループホーム建設に反対する看板をテーマに中学生が書いた作文には、当事者や家族の気持ちに寄り添う言葉がつづられている
知的障害者グループホーム建設に反対する看板をテーマに中学生が書いた作文には、当事者や家族の気持ちに寄り添う言葉がつづられている

 横浜市瀬谷区阿久和西の運上野(うんじょうの)地区に掲げられた「知的障害者ホーム建設 絶対反対」と書かれた看板は、撤去までに4年もの年月を要した。その間、地域から反対運動に対する疑問の声が上がらなかったわけではない。だが、撤去の機運は高まらなかった。

 「自治会が機能していなかった」と自戒を込めて振り返るのは、知的障害者グループホーム計画地の地元・運上野自治会(約370世帯)の会長を務める津田智子さん(49)。計画が持ち上がった2011年秋、民生委員も兼務していた前会長は「自治会挙げての建設計画中止依頼」への理解を求める文書を横浜市に送付、自治会内でも回覧で反対署名を募った。

偏見どう向き合う 横浜・障害者施設建設断念

 だが津田さんによると、自治会で意思決定したことはなく、「大半の住民は計画の概要すら知らなかった」。当時、自治会活動は活発ではなく、「看板に不満を持っても、多くの住民には発言の場もなかった」という。一方で、「計画地から少しでも離れれば、住民の関心はほとんどなかった」とも明かす。

 運上野自治会が所属する阿久和北部連合自治会も、看板を問題視していた。だが事務局長の清水靖枝さん(72)は「地元の自治会を差し置いて連合自治会が動くわけにはいかない」と当初は運上野自治会に取り組みを促すにとどめた。

 事態が進展しないため、市と連携して昨年3月、知的障害者とグループホームについて学ぶ研修会を開催。また地権者側に地区内の別な土地での建設を非公式に提案したこともある。

 津田さんが昨年4月に会長に就任、連合自治会や市と連携した活動が本格化し始めた今年1月、津田さんと清水さんは建設断念を知らされた。

 看板設置から撤去までの4年間に瀬谷区に寄せられた苦情は、5件だった。

苦しみ分かるか


 看板の異常さに正面から向き合ったのは、むしろ子どもたちだった。

 「個別級の子どもたちは(中略)この看板を見てつらい思いをしているのです。あなたには分かりますか。この苦しみが。お母さん方がどれだけ自分を責めるか想像できますか。(中略)罪のない人を苦しめる看板があっていいのでしょうか」(「未来への架け橋」から)
 「障害があるからって、何でこんな差別をするの。何でここに、施設を立てちゃいけないの。(中略)私は、差別のない良い世界にしていけるように少しでも、社会に貢献していきたい」(「私の疑問に思うこと」から)
 いずれも、14年度の「瀬谷区中学生作文コンテスト」の入選作だ。執筆したのは、建設予定地近くにある市立中学校の3年生。13年11月、阿久和北部連合自治会が開いた「見守り合いのつどい」で、障害のある子どもを持つ母親が講演し「あの看板で傷ついている」と訴えた。その痛みに触発された2人の生徒は、作文で看板を批判するとともに、差別のない社会に向けて自らも努力することを宣言した。

 入選作は翌14年のつどいで朗読され、集まった地域住民から大きな拍手が送られたという。

 2人の生徒が在籍していた中学校の校長は、看板の撤去はこうした生徒の言葉に大人が突き動かされた結果だと考えていた。だが建設断念が理由と知り、自問する。「看板について保護者や生徒から相談はなく、特に対応しなかったが、問題の本質を捉えられていたか。学校は保護者や生徒の苦しみに本当に寄り添えていたか」

横浜市への不満募らせる


 グループホーム建設を断念した地権者の佐々木佳郎さん(76)=同市磯子区=は、横浜市への不満も募らせている。

 近隣住民から反対の声が上がった当初、佐々木さんは瀬谷区高齢・障害支援課から、地権者側の地元対応に問題があると指摘されたという。市や区の担当者を交えた反対住民との協議でも基本的な立ち位置は変わらず、「反対運動は障害者差別だという本質論から、議論を遠ざけた」と憤る。

 また市は看板の撤去を反対住民に求める際、「差別」という言葉を使わず、「障害者や家族がどういう気持ちになるか考えてほしい」と説得した。

 グループホームを運営する予定だった社会福祉法人「同愛会」(同市保土ケ谷区)の高山和彦理事長(70)は、行政や関係団体、当事者で構成する法定組織「瀬谷区障害者自立支援協議会」で取り上げるよう提案した。だが協議会事務局でもある同課は14年ごろ、「一方の意見を取り上げるのは難しい」と見送った。

 こうした行政側の姿勢は佐々木さんにとって、障害を理由とする差別の解消を目的とした障害者差別解消法(13年成立、今年4月施行)に背を向けていると感じられた。

 グループホームを担当する市障害支援課は建設断念後、佐々木さんに対し「至らぬ点があった」と謝罪。「障害者の差別・偏見の解消へ啓発活動に力を入れる」と説明した。

今後の進展危ぶむ声も


 横浜市内のグループホームは3月現在で675カ所(定員3762人)で、この5年間で142カ所949人分が整備された。瀬谷区内では9カ所増えて計26カ所で、うち知的障害者向けは21カ所。市は17年度まで、毎年200人分のホームを増やす計画だ。

 関係者の多くは、今回の事態について「ここまでの反対運動はまれ」と受け止める。「悪い条件が重なった」と他地域への影響はないと話す関係者もいる。だが、今後の進展を危ぶむ声も聞こえる。

 今回の建設計画に携わった建設業者の男性従業員(70)によると、瀬谷区内の別のグループホーム建設計画が白紙になった。運上野地区の反対運動を引き合いに、地権者の親族が「あのような声が自分たちに向けられるのでは」と不安がったという。「周囲の反対を気にする地権者は確実に増えている」。福祉関係の物件建設に長く関わってきたこの従業員は、今後の建設計画への影響を心配する。

 「入居者が安心して生活できない」とグループホーム建設計画からの撤退を決めた同愛会の高山理事長は、こう訴える。

 「知的障害者が安心して暮らせない地域は、誰もが安心して暮らせる地域ではない。反対した住民にも、そのほかの地域住民にも、そのことに気付いてほしい」


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