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「『近くに住まないで』と思う人、他にいるかも」
建設断念 障害者差別と看板(中) 丸4年、当事者傷つけ

社会 神奈川新聞  2016年10月17日 11:09

相模原の障害者施設殺傷事件で、「津久井やまゆり園」の正門前に設置された献花台に花を手向ける人たち。「グループホームの建設に反対する看板と、事件は通じている」と感じる関係者もいる
相模原の障害者施設殺傷事件で、「津久井やまゆり園」の正門前に設置された献花台に花を手向ける人たち。「グループホームの建設に反対する看板と、事件は通じている」と感じる関係者もいる

 「なに、あれ」

 横浜市瀬谷区の「かまくらみち」を車で走っていた50代の母親は、同乗していた長男の言葉にうろたえた。視線の先には、「知的障害者ホーム建設 絶対反対」と書かれた看板があった。

 20代の長男は自閉症だが、漢字は読め意味も分かる。「そういうふうに考える人もいるんだね」と話したものの、表情を曇らせる長男にそれ以上の説明はできなかった。大型スーパーも並ぶかまくらみちは、近隣に住むこの母親もよく使う生活道路だったが、以来この一帯を通るのをやめた。4年前のことだ。

 長男はその後、以前にも増して「知的障害って嫌だな」と口にするようになった。学校でも就職後も、周囲から怒られたりばかにされたりすることがあった。障害を理由に周囲から「迷惑だ」と思われていると感じることもあった。「そのときのように、自分を否定されたと思ったのだろう」。母親は長男の心中をおもんぱかる。

建設断念 障害者差別と看板(下) 撤去の機運高まらず
偏見どう向き合う 横浜・障害者施設建設断念
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 看板が出されていたのは、同区阿久和西の運上野(うんじょうの)地区の一角。老朽化したアパートを知的障害者グループホームに建て替える計画に反対する一部の住民が2012年2月に設置した。

 「ここまでの感情を突き付けられたことはない」。区内に住む40代の母親は、看板に恐怖感を覚えた。奥まった建設予定地周辺だけではなく、幹線道路からも見える位置にあえて掲げていることに、反対への強い意思を感じ取った。

 

20代の長男には自閉症があり、周囲から見ると不思議に思える行動を取ることもある。だから隣近所や学校の同級生らに繰り返し、長男の障害の特徴などを説明してきた。それもあって、障害者への理解が着実に広がり、受け入れられている、と実感していた。しかし、障害者そのものを拒絶するかのような看板で、これまでの積み重ねが全否定されている気がしてならなかった。

 運上野地区は自身の生活圏から少し離れ、意識的に近づかなかったこともあり、長男が看板を目にすることはなかった。だが、かまくらみちは小中学校の通学路になっている。個別支援学級に通う障害児もその家族も、毎日のように看板を目にしているはず。運上野地区内にも当事者が住むと聞く。「どんな思いであの看板を見ているのか。そのたびにどれだけ傷ついているか」。そう想像するだけで、この母親は胸を締め付けられる思いだった。

 影響は、それだけにとどまらない。看板の存在は、障害のある子にも健常の子にも「『障害者差別をしてもいいんだ』という誤ったメッセージを伝えてしまった」とこの母親は憤る。

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 2人の母親は何人もの友人から「あの看板、ひどいわね」と言われた。だが、周囲からの批判などもあってかまくらみち沿いの数枚が取り外された後、それ以上の撤去を求める声は地域では大きくならなかった。

 看板が設置され続けているということは、その存在が地域で受け入れられているということ。それは、消極的ではあっても「自分の近くに障害者は住んでほしくない」と思っている人が自分の周囲に少なからずいる、という現実をあぶり出しているのではないか-。看板を見るたび、2人はそうした不安に襲われた。

 7月、相模原の障害者施設で入所者19人が殺害、職員を含む27人がけがを負わされる事件が起きた。容疑者の男は「障害者は生きていても意味がない」「障害者は不幸だ」などと供述しているという。「看板と、それを許容するこの地域は、男の思想にどこかで通じているのでは」と母親の1人。

 障害者差別が社会で容認されていると感じることは、ほかにもある。3年前、胎児のダウン症などを調べる新出生前診断が臨床研究として始まった。先日、異常が確定したうち94%が人工妊娠中絶を選択した、との報道を見た。「相模原の事件や看板のように過激な形ではなくても、『障害者は生まれてこない方がいい』という考えを、『そういう意見もあるよね』と受け入れる人が、じわじわと増えている」。2人は、そんな思いにもとらわれている。

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 50代の母親は、反対する住民に直接、看板の撤去を求めたことがある。「近くに知的障害者が住むことを、突如降って湧いた“災害”と思っているようだった」と振り返る母親は、「障害者について理解してもらえそうもない」と感じた。そうした人たちとこれからも同じ地域で暮らし続けなければいけないことが、残念でならなかった。

 看板が撤去されたのは、反対住民に「建設断念」が伝えられた今年1月。掲出から丸4年が経過していた。

 「看板は風景の一部になり、最後には慣れてしまった」と話すこの母親は今、「ずっと看板があった方が良かったのではないか」とも考えている。

 自分たちがいずれ老いれば、子どもはグループホームなどで暮らすことになる。健常者ならどこに住んでもいいのと同じで、障害者の暮らしを支えるグループホームがどの地域でも差別されることなく当たり前のように受け入れられ、建設されることが、子どもたちの将来を保障する。

 本当の解決は「看板の撤去ではなく、グループホームが建設されること。看板があることで、地域がその本質と向き合うことになる」とこの母親。当事者にとっても地域にとっても、問題はまだ解決していない、と考えている。


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