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よみがえる悲劇の記憶 オスプレイ飛行に遺族「命の問題」

社会 神奈川新聞  2018年04月06日 02:00

横浜・みなとみらい21(MM21)地区近くを飛行するオスプレイ=5日午前11時5分ごろ、横浜港
横浜・みなとみらい21(MM21)地区近くを飛行するオスプレイ=5日午前11時5分ごろ、横浜港

横浜・みなとみらい21(MM21)地区近くを飛行するオスプレイ=5日午前11時5分ごろ、横浜港
横浜・みなとみらい21(MM21)地区近くを飛行するオスプレイ=5日午前11時5分ごろ、横浜港

 横田基地(東京都)へのオスプレイ到着に伴い、今後は首都圏上空を飛行する可能性が高まった。「慣らされてはいけない」「大惨事に直結する。命の問題だ」。県内の米軍機墜落事故の遺族らは悲劇の再発を危惧し、命の危険に日々さらされる沖縄からも懸念の声が上がる。

 「住宅地の真ん中にある横田基地に持ってくるとは理解できない」。1964年に大和市で起きた米軍機墜落事故で兄3人を亡くした舘野義雄さん(66)は声を荒らげる。当時12歳。爆発音や葬儀の光景を思い起こし、「国を守るとしながら、事故で犠牲者を出す。住民はたまったものではない」。配備時期の1年以上の前倒しに触れ、「(日本政府は)米側の意向を一方的に受け入れているだけでは。対等に渡り合ってもらいたい」。政府への不信感は募る。

 「トラブルを繰り返す危険なオスプレイの配備を許せない」と憤るのは、77年に横浜市青葉区(当時・緑区)で母子3人が犠牲となった米軍機墜落事故を語り継ぐ大沢清さん(66)だ。

 「事故の原因究明が不十分なまま同型機の飛行がまかり通り、事故が繰り返されてきた。やり過ごしてきた日米両政府が許せない」。もう二度と繰り返さない-。その一心で演劇などを通じ悲劇を伝え続けてきたからこそ、「事故が再び起き、誰かが犠牲になるのではないかと思わずにはいられない」。

 同事故平和資料センターの斎藤眞弘さん(77)も「米軍機が飛び続ける限り、墜落の危険とは常に隣り合わせ。米軍機の飛行にも事故にも慣らされてはいけない」と訴える。

 「基地問題は住民から見れば政治問題ではない。生活の問題、命の問題だ」。沖縄県うるま市で米軍機墜落を語り継ぐNPO法人「石川・宮森630会」会長の久高政治さん(69)は語気を強める。

 59年、同市の小学校に米軍機が突っ込み、児童ら18人が死亡した。当時同小5年。めいを亡くし、事故のショックで記憶を失った。

 沖縄では今も米軍機が飛び交い、名護市でオスプレイが大破した。首都圏の住民を思い、「事故が起きれば被害は甚大」と訴える。

 沖縄で起きていることは本土でも起こりえる。その恐れが高まるいま、「身近に危険が運び込まれることに抗議してほしい」。それこそが「対米従属を続ける政府を動かす力となる」


重低音、隊列組み県内縦断


ヘリコプターより重く低い音を響かせ、横田基地へ向かうオスプレイ5機=5日午前11時19分、平塚市馬入
ヘリコプターより重く低い音を響かせ、横田基地へ向かうオスプレイ5機=5日午前11時19分、平塚市馬入

 ドドドド-。横浜市神奈川区の米軍施設「横浜ノースドック」周辺に地面を揺らすような重低音が響いた。午前10時50分すぎ、陸揚げされていた米空軍の輸送機CV22オスプレイ5機がプロペラを一斉に始動。ノースドックの南端に向かって自走し、11時3分と同4分に1機ずつ、同5分に残りの3機が相次いで飛び立った。

 5機はプロペラを上向きにした「ヘリモード」で高度を徐々に上げると、プロペラを前方に傾ける「固定翼モード」で一気に加速。横浜・みなとみらい21(MM21)地区の高層ビル群を背に、横浜ベイブリッジの上空を横切り、海上を南方向に遠ざかっていった。

 横浜港から南西に約30キロ。平塚市馬入の馬入ふれあい公園近くで確認できたのは同19分ごろ。5機が等間隔で一列の隊列を組み、相模湾方向から工場地帯上空を北上。独特の重低音は約1・5キロ離れた市役所内にいても聞こえたという。約3分後には相模原市中央区付近の住宅街上空でも同様の姿が捉えられた。

 その後、5機は約10分間飛行し、同32分までに全てが横田基地(東京都)に着陸した。同基地は取材に「飛行する際は安全に対し妥協しない。必要があれば訓練のため、他の基地に飛行する」と回答した。


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