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試練と向き合い「初心」 体操・白井健三(上)

スポーツ 神奈川新聞  2020年02月20日 12:40

 2016年のリオデジャネイロ五輪団体総合金メダルメンバー、白井健三(日体大大学院、岸根高出身)が完全復活を懸けた東京五輪イヤーに挑む。昨季はけがに悩まされ、“前哨戦”の世界選手権出場を逃した。若手の台頭など地殻変動も起きているお家芸の「体操ニッポン」。試練を乗り越え、自らに打ち勝ち、その手でエース復権を果たしてみせる。


体操・白井健三
体操・白井健三

 昨年6月の全日本種目別選手権。床運動で3位にとどまった白井の、岸根高時代から続いた世界選手権の連続出場がついに「5」で止まった。

 競技後、報道陣の前に現れた白井は、大会スポンサーの大手企業のCMに登場していた自身と内村航平(リンガーハット)、村上茉愛(日体ク)がそろって世界選手権代表から外れたことに「誰もいなくなっちゃいましたね」と苦笑いした。

 一つのけがが競技人生をも狂わす。同2月下旬に左足首を痛め、その影響もあり4月の全日本選手権はまさかの最下位に沈んだ。「例年より練習を積めていない」との不安が的中し、鉄棒では落下する場面も。代表権争いで窮地に追い込まれ、個人総合での出場は難しくなった。

 試合後の白井は冷静を保ちつつも、得意の床運動の採点に話が及ぶと珍しく感情を高ぶらせた。

 「今までの体操人生で一番、着地は止めたのに、床があの点しか出ないというのがちょっと自分の中では理解できない」

 G難度のリ・ジョンソン(後方抱え込み2回宙返り3回ひねり)を余裕で決め、着地もピタリと止まっているように見えた。しかし、出来栄えを示すEスコアは8・2点台で得点は14・533点に伸び悩んだ。「審判の先生方に『止めた方がいい』と言われていて止めたのに点が出ない。そのギャップに戸惑っている」と険しい表情で言葉を選んだ。

 「シライ」の名を冠した高難度のひねり技は本人を象徴するスキルだ。種目別では過去3度の世界選手権王者のプライドもある。黙して見過ごすわけにはいかなかった。

 選手の進化のみならず、採点傾向も揺り戻しのように変化していくのが体操界の常だ。最近では技の難度を表すDスコアに偏りすぎず、Eスコアが見直されてきたといわれる。足先、指先をしっかり伸ばすなど、見た目の美しさや丁寧さが高得点に反映。リオ五輪団体総合で金メダルを取った頃とは状況は異なってきている。そうした潮流の中で白井は闘っている。

 約3週間後の5月のNHK杯。全日本選手権の得点、順位を継いだ個人総合では7人抜きの23位で意地を見せた。世界選手権の切符獲得が厳しい状況に変わりなかったが、「一日一日(状態が)戻ってきているという感覚がつかめてきている。楽しく練習する大切さを短い期間の中で感じることができた」

 「楽しさ」を口にしたその背景には、想像を絶する葛藤があった。

 全日本選手権直後に鶴見ジュニア時代のコーチから「いま何をしたい?」と尋ねられたという。

 「いま一番したいことは、体操をやめることです」と白井。思わず口を突いた言葉ながら、それほど追い込まれていた証拠であり「初めてかもしれない。『やめたい』と言った瞬間の相手も顔も…。あっ言ってしまったみたいな。でもそれくらい冷静ではない時期があった」と顧みる。

 故障前は息を吐くように成功させていた技がうまく決まらない。「跳馬の3回半ひねりなんて難しいと思ったことがないのに、怖くて跳べなくなったり。もう一回けがしたらどうしようという恐怖感とか。頭の中と現実の自分がかみ合っていなかった」。しかし、幼少から見守り続ける恩師たちはどこまでも温かかった。「大丈夫、間違っていないよ」-。

 「Eスコアが低く出るならDスコアを上げてやる!」。全てが吹っ切れたように、ようやく強気な演技が戻ってきた様子に日体大の後輩たちは「すごく健三さんらしいですよ」と励ました。全日本種目別選手権は3位で世界選手権代表を逃したものの「体操は楽しい。それを初心に戻ってかみしめることができた」。絶望の淵であらためて周囲の支えに気づかされた。

 もがきにもがいたスーパースター。会場の大型スクリーンに映し出されたCMの自分を引き合いに白井は言った。「いまは誰も跳べないよ。でもそれを笑い話にできるくらい精神的にいい状況になってきている。今後はもっと練習を前向きに取り組める」。得がたい経験こそ一回り、二回り成長するための財産。心の羅針盤は東京を指し続けている。


しらい・けんぞう 岸根高-日体大-日体大大学院。小学3年時に両親が設立した鶴見ジュニアで競技を始めた。体操の世界選手権床運動で2013、15、17年、跳馬で17年優勝。リオデジャネイロ五輪は団体総合で金メダル、種目別跳馬で銅メダルを獲得した。ひねり技が得意で「シライ」の名を冠した技は床運動、跳馬でそれぞれ3種類ある。163センチ、54キロ。横浜市鶴見区出身。23歳。


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 中学時代は少し恥ずかしがり屋の面もあったが、日本を代表する体操選手となった今は違う。競技後の報道陣への「囲み取材」にも慣れたもので、「今日はいいです」と用意されたマイクを使わないこともある。声を張り、語彙(ごい)力豊かに心境を語る。大学卒業時には「体操以外の成長がすごく大きかった」と振り返るように、言葉の力も大きな魅力の一つだ。(匠)



連載「THE REAL」では、東京五輪・パラリンピックを目指す神奈川ゆかりのアスリートに「リアル」に迫ります(随時掲載)。


THE REAL「自分らしさ」で圧倒を 体操・白井健三(下)

2020年02月20日 12:40


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