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平和つなぐ 被爆ピアノ
【動画】核廃絶音色に乗せ 17、18日に茅ケ崎で演奏会

社会 神奈川新聞  2018年03月17日 02:00

ノーベル賞授賞式のコンサートで活躍したピアノをなでる矢川さん
ノーベル賞授賞式のコンサートで活躍したピアノをなでる矢川さん

 く体を振るわせながら、優しく、そして力強く音を響かせる。その音色は羽のように宙を舞う。あの日、広島で閃光(せんこう)を受けた「被爆ピアノ」だ。

 爆心地からわずか1・8キロの住宅で爆風を受けた。アップライトの側面は塗装の一部が剥がれたまま。松の木地がむき出しになった部分もある。

 広島市内に工房を持つ調律師の矢川光則さん(65)は、修復した被爆ピアノをトラックに載せ、核兵器廃絶の象徴として音色を届けている。

 戦争遺産として鎮座させておくのではなく、実際に聴いて、弾いてもらう。「平和、反戦。そんな難しいことを言わなくても、このピアノがみんな語ってくれる」

 トラックのナンバーは音楽の国際標準ピッチ周波数と同じ「440」。願いが世界共通のものになれば、という思いを込めた。


矢川さんと各地をかける被ばくピアノ
矢川さんと各地をかける被ばくピアノ


 矢川さんは終戦の7年後に広島で生まれた。両親とも被爆者。自身は被爆2世ということになるが、酒に酔うと原爆の話をする父が苦手だった。青春を送った1960年代は、日本経済が急速に成長していく時期。暗い過去ではなく、にぎやかに変化する街を見つめることが楽しかった。

 調律学校を卒業しメーカーなどでの勤務を経て42歳の時に独立。社会の役に立ちたいと96年から、中古ピアノの寄贈活動を手伝うようになった。

 被爆ピアノと出合ったのは2005年。78歳の女性から「私と一緒に原爆を乗り越えたピアノ。寿命を全うさせてやりたい」と管理を依頼された。

 戦争と向き合うことを避けてきた半生。大役が務まるかと悩んだが、戦前の職人が丁寧に仕上げたピアノに心を動かされた。しっとりとした松の木板を外すと、中から赤土がこぼれた。「ガラス片、焦げた布。僕が生まれ育った大地が受けた傷を教えてくれた」

 85の鍵は象牙製。汗をよく吸う材質で、黄色く変色していた。それはピアニストを夢見ていた持ち主が練習を繰り返した証しでもあった。

 1932(昭和7)年製。新築一戸建てが千円で購入できた時代に、ピアノは600円以上もした。素材の板を削り、美しく塗装を施せば、希少品として価値が上がる。「でも、そうしたらこのピアノの意味がない。新しいものに変えることはいつでもできる」。使える部分はすべて残そうと修復に取り組んだ。

 ピアノが見つめた時間と空間に思いをはせ、そのメッセージを消さないように-。弦を3本張り替えた以外は、ハンマーのフェルトもすべて当時のままだ。戦前のピアノは乾燥が進んだいまの方が、深い音がするという。半年をかけ向き合ったピアノは、持ち主の女性にちなみ「ミサコのピアノ」として、平和の使者となった。


 矢川さんは6台の被爆ピアノを所有する。学校や公民館、神社など、これまでに出向いたのは1500回以上。さまざまな出会いを重ねている。

 教会に赴いた際は、演奏前に長くお祈りをする女性が気になった。後日、「心が癒やされ自殺を思いとどまった」と手紙が届いた。沖縄・楚辺通信施設跡(象のオリ)での演奏では、ひめゆり学徒隊の孫が鍵盤に指を走らせた。「その目は、上空を飛ぶ米軍の戦闘機をにらみつけていた」

 こうした活動がテレビや新聞で報道されると、矢川さんにピアノを託した女性から連絡をもらった。90歳を超えた元持ち主からは「久しぶりにわが子に会った気持ちになった」と励まされた。

 2010年には原爆を投下した当事国にも渡った。米中枢同時テロの慰霊祭に合わせた演奏会。「ミサコ」の象牙がワシントン条約に触れるため、セルロイド鍵盤を持つ別の被爆ピアノを持ち込んだ。

 同じピアノは、「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)がノーベル平和賞を受賞した昨年、ノルウェー・オスロで行われたコンサートにも招かれた。米人気歌手ジョン・レジェンドさんが演奏し、被爆ピアノが刻んだ記憶を世界に発信した。


オスロで奏でられた被爆ピアノ
オスロで奏でられた被爆ピアノ


 「活動がこんなに広がるとは」と矢川さん自身も驚くが、「被爆ピアノの使命は、これからますます大きくなる」とも自覚している。

 「ピアノを通じ、平和の種をまいていく」

 活動は来年映画化される。2月に亡くなった大杉漣さんが主演する予定だった。「大杉さんも音楽が好きな人だった。ピアノを通じて平和を訴えることができるならぜひ、と快諾してくれていた。天国で見守ってくれているはず」と空を見上げた。

 矢川さんと「ミサコのピアノ」はいま、県内に招かれている。茅ケ崎市内で10日に行われた体験演奏では、19人が被爆ピアノを奏でた。


被爆ピアノを奏でる女の子 =10日、茅ケ崎市内
被爆ピアノを奏でる女の子 =10日、茅ケ崎市内

 同市内の中学に通う藤岡真美さん(14)は「宝物に触れていいのかなと緊張したけど、鍵盤に手を置くと『一緒に歌おう。音楽しよう』と声が聞こえた」。弾いた曲はショパンの練習曲「エオリアン・ハープ」。なめらかに滑る鍵盤が優しく感じたという。

 藤岡さんは「消え入りそうな高音部分も懸命に、響こうとしていた。一心同体になって演奏できた」と感じ入っていた。

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